第二章 七節 逃走
威圧と恐怖が西城を襲った。
背筋には冷や汗が流れ、呼吸が乱れ始める。西城を見下していた天宇受売命の目がさらに冷え切った。
西城の余りにもおびえた姿に失望したのか。はたまた一度、神に勝った人間が期待外れだったからかはわからない。
「さて、この状況を以ってしてもかの天使をかばいますか?」
「ぐッ……」
西城の首に草薙剣が軽く食いこんだ。
天宇受売命は本気で殺そうとしている。改めてそう感じ取った西城は思考を巡らす。
圧倒的に不利。
だが、活路は必ずあるはずだ。西城はそうやって自らを奮い立たせた。
実際、不利な状況を作り出しているのは草薙剣である。
草薙剣が西城の首に当たっているからこそ今の危機的な場面があるのだ。では、もし草薙剣が西城の首に当たっていなかったら。
西城はそこまで考え、か細く小さくも明確な光を見つけた。
「神様。俺はかばうぜ。たとえ命を引き換えにしてもな。」
西城は余裕の笑みを作る。内心は全く穏やかではないが。
天宇受売命はそっと息を吐き、草薙剣を強く握りなおした。
「そうですか。では―——」
「壊れろ」
「ッ!!?」
草薙剣に亀裂が走った。
天宇受売命は大きく後ろに飛び、西城たちから離れる。
凄まじい威圧と死の恐怖から逃れることができた西城は脱力する暇もなく立ち上がる。
そんな西城を天宇受売命が睨みつけたと同時に草薙剣が粉々に壊れた。
「それがあなたの異能―——神の力ですか。厄介ですね」
天宇受売命は草薙剣が壊れたことがまるで当たり前のように流す。
西城は知らないが、草薙剣は神器である。そう易々と破壊されるようなことなどあってはならない。
しかし、それを西城の異能は可能にした。そのことがどれだけ重要なことを示しているのか。
西城以外は理解していた。
「ちょっと待て。今なんて言った!?神の力って!??」
天宇受売命からこぼれた言葉に西城は過剰に反応した。
もし仮に、西城が考えていること―——異能が神々の力ということが本当ならば恐ろしいと感じたからだ。
「そのままの意味ですよ。あなたも知っているでしょう?一部の人間に顕現したといわれる『異能』は元々、神が持っていた力だという事を」
「ッ!!?」
天宇受売命は異能が神の力ということを西城が知っているよな口ぶりだった。
だが、西城はそんなことは知らないし、聞いたこともなかった。
「まさか知らないのですか?このことは神側が人間側に提示したはずです」
困惑する西城に天宇受売命は首を傾げる。天宇受売命がしばらく思案したかと思うと、適当に答えた。
「となると、どこぞの権力者がうまく隠蔽しているか。もしくは情報が嘘だと思われているのか。……実際どうでもいいですが」
西城は自分の手の平を見つめ、拳を握る。
天宇受売命の話は西城にとってどうでもよいことではない。
少なからず、聖都市内での暴動等は起きるレベルの話だ。
暴動が起きれば西城の知り合いが巻き込まれる場合もある。そんなことがあってはならないと西城は思った。
「おい、神様。なんで俺たち人間が神の力ってもんを持ってんだ?」
「そう睨まなくてもいいでしょう?そもそも、あなたがた人間に神の力が顕現するはずがなかったのですから」
「顕現するはずがなかっただと?」
明らかな敵意を天宇受売命に向けながら、西城は対話を続ける。
説明するもの億劫そうな天宇受売命は浅いため息を吐いた。
「ええ、人間が神の力を手に入れるはずがなかった。……あの神が我々に反旗を翻すまでは」
最後の方が急に小声になったため西城は聞き取ることが出来なかった。
しかし、天宇受売命の苦痛な表情に西城は何かあったのだろうと予想する。
「ともかく、詳しいことはそこの天使にでも聞いたらいいのでは?まぁ、あなたが死んでいなかったらの話ですが」
「なッ!」
天宇受売命が腕を真横にあげると草薙剣が空中に浮いていた。
西城はすぐ近くに落ちているであろう残骸に目をやる。西城が破壊した草薙剣の残骸は確かに存在した。
「二本目ッ!?」
「本来、草薙剣というものは何度も喪失されているんですよ。ただ、喪失しても形代という新たな依り代を用いてこの時代まで残している。その事実を『魔法』として構築し、剣の形を限りなく本物に似せることで草薙剣の神霊を降ろす。」
天宇受売命はあげたままの腕を前へと突き出す。
その動作と連動して草薙剣が凄まじい速度で西城に迫った。草薙剣は西城の髪をかすめ、後方の壁に刺さる。
「つまり、いくら破壊しても草薙剣は再生するということです」
西城は天宇受売命の説明を聞き終わる前にラインに駆け寄った。
壁に刺さった草薙剣が動き始めたのを確認した西城はラインを抱きかかえ、出入口へと走る。
「きゃッ!ちょ!?」
ラインが軽く悲鳴をあげるが西城は気にしない。立ち止まることは死を意味しているからだ。
後ろから迫りくる草薙剣とギリギリの距離を保ちながら、大型デパートを飛び出す。
運よく人が少ない通りに出ることができた西城たちはそのまま倒れ込んだ。
草薙剣は倒れ込んだ西城たちの直線状にあるビルにそのまま突っ込んだ。激しい音と大きな土煙が立つ。
そして、一瞬遅れてビルが爆発した。
「うそ……だろ?」
西城はのどの渇きを覚えた。
そのビルには直前まで明かりがついていた。ということはビルの中にまだ人がいたのである。
もし、西城がこの出入口を目指していなければ、ビルにいた人は死ななかったかもしれない。
そんな自責の念に襲われた西城は誰かに袖を引っ張られる感覚を感じた。
ふと目線を落とすと、ラインが心配そうに制服を引っ張っていた。
「幸助。こんな所で立ち止まってたらもっと被害が大きくなるよ」
「あ、ああ。わかってる。まずは人のいない場所に行く。落ち込むのはそのあとだ」
西城は一度心を入れ替えて、改めてラインを抱えなおす。
西城は崩れゆくビルに目をやり、生きていてくれと願いながら逃走を開始した。




