第二章 五節 急変と偽りの正義
「変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態。変態……」
衛士は自らの肩を抱きしめ、小言を呟いていた。
実際、そう言われても仕方のないことを西城はした。言い逃れは出来ない。
ラインはラインで西城のことを無視していた。
「悪かった。って言っても許してくれないか。はぁ。仕事熱心な衛士さん、別に捕まえたっていいんだぞ?」
一瞬、衛士の目が獣を狩るような目になったが、気のせいだろうと西城は思いこむ。
片手に持っている手錠を回しながら、衛士は憐みの目を西城に向ける。
「もういいですよ。私にだって非がありますし、制裁は済ませましたし、今回は不問にします。ただ、今後、近寄らないで下さい」
衛士は離れながら答えた。
どうやら、西城を超危険人物だと認識したらしく、関わりたくないらしい。
西城はその決断に感謝しつつ、頭をかく。
「それにしても、よく人が止めなかったな。普通、他の衛士とかが飛んでくるはずなのに……」
「ッ!!幸助。それどういうこと!?」
聖都市の事情もろもろを知らないラインは驚き声を上げる。
その必死な表情に西城は戸惑いながら答えた。
「えーと、この聖都市には衛士っていう団体があるんだけど……」
「学生が多いこの都市では犯罪が多発しているんです。万引き、いじめ、痴漢、詐欺などなど。それらを取り締まるのが衛士です。」
西城の発言に割り込んでくる衛士。
西城がジト目を衛士に向けると、顔を背けて距離をとる。それが地味に西城の心をえぐった。
「ともかく。衛士ってやつらが犯罪を取り締まるんだが、監視してんのかってぐらい早く現場に駆け付けるんだよ」
ラインは何か思いつめたように黙りこくる。西城と衛士はお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
その瞬間、ラインが顔を上げたかと思うと通行人に近づく。そして、ラインは拳を振りかぶった。
「お、おい!」
西城はラインを止めようとする。しかし、ラインが止まる気配がない。
そして、大きく振り上げられた拳は通行人の体をすり抜けた。
「ッッ!!?」
「やっぱり。」
通行人は煙のように消える。それに照らし合わせたように他の客も消え始めた。
西城は立ち上がって周りを見渡す。そこはすでに無人のデパートとかしていた。
「……どうなってやがる」
狐に包まれた感覚におちいる西城。
それは衛士も同じだったらしく、訳のわからない顔をしていた。
「蜃気楼。それを活用したんだと思う」
誰とまでは言わない。それはすでにわかりきっていることだった。
ここまで大がかりなことができる存在など神以外いない。
「ライン。これはあいつの仕業でいいのか?」
「違うと思う。もし天手力男命の仕業なら、こんな回りくどいことはしない」
とよは否定しながら何かを探るように目線を周囲に送る。
西城は警戒心を募らせ、困惑する衛士に声をかけた。
「早く逃げてくれ。ここにいたら危ない」
「何言ってるんですか!衛士としてこの状況は見逃せません!!」
あくまでも正義感が強い衛士は西城の言葉に従わない。
だが、衛士は気が付いていないのだ。この状況がどれだけイレギュラーなことか。
「幸助。これは私たちだけをもともと創っておいた別空間に移動させたみたい。そこの衛士?さんは巻き込まれてここに来ちゃったらしいね。この空間から出るとしたら出入口からでるといいよ」
ラインの言う出入口とはガラス張りのスライドドアのことだろう。
西城は頷き、衛士に顔を向ける。
「って訳だ。逃げろ」
「どういうわけですか!そもそも、困っているなら―——」
衛士の言葉はそこで途切れた。それは西城が近寄ったからだ。
心を痛めつつも、西城は頭を掻き言う。
「逃げろ。じゃないと、襲うぞ?」
セクハラ発言である。しかし、衛士には効果覿面だった。
一瞬にして青ざめたかと思うと、急に背を向けて入口へと走っていく。
それはそれで西城を精神的に追い詰めるが、衛士が残ってくれるよりかはいい結末といえるだろう。
「あんなこと言わなくてもよかったのに」
「言わないよりマシだ。それに、あいつは正義ってやつをはき違えてる」
「??」
西城は目で衛士を送りながら吐き捨てた。
ラインはそれを不信に感じるが、すぐに真剣さが戻った西城の声に杞憂だったと考え直す。
「あと、お前はこれ以上、誰かを巻き込みたくないんだろ?」
「うん、そうだね。あの人も巻き込んでたら、私は……」
西城は消え入りそうな声で答えたラインの頭に手を置く。
はっとラインが顔を上げると微笑む西城の顔があった。
「あんまり考えすぎるなよ」
人はこれを思考放棄と呼ぶのだろうかと西城は考える。
重圧に耐えかね考えることを止める。これは一般的には逃げることだ。
だが、本当にそうなのだろうか。辛くて苦しくて悩んで、そして思考放棄することは果たして逃げることなのだろうか。
そこまで考えて西城はため息をついた。
こんな話はたかだ高校生に答えが出せる問題ではないし、大人だって答えが出せるか定かではないのだから。
今は神と対峙することだけを考えようと西城は意識を切り替えたのだった。




