八、牡丹と薔薇 前編
その日、深刻な顔で劉医官が猫猫のところへやってきた。
「仕事のあとに話がある」
神妙な面持ちで猫猫に言ってきたので思わず身構えてしまった。
「なあ何をしたんだ?」
「劉医官直々というと余程のことだな」
李医官とわんわん先輩が口々に言う。
「な、何もしていませんよ?」
していなかったはず、と猫猫はここ数日の行動を思い返す。猟師から取り返した熊の胆のうはちゃんと医務室で加工している。衣嚢ないないしていない。
「何をしたかわからんが、医務室の在庫はあっていると証言してやる。そこは何もしていないのはわかっている」
わんわん先輩は、彼なりに猫猫をかばってくれているようだ。少なくとも横領はしていないといいたいらしい。あと猫猫とともに薬の在庫管理を任されているので、そこで不正が発覚したら連帯責任でもある。
天祐がいたら面倒だったが、今日はいなくてよかった。きっと鬼の首をとったかのような顔で、けらけら言いふらしまくるに違いなかった。
業務後、猫猫は劉医官のもとへ向かった。
「失礼します」
猫猫が恐る恐る戸を開けると、深刻な顔をした劉医官が暦と対峙していた。
「来たか」
「どのような御用でしょうか?」
猫猫は軽く両手をこすりながら聞いた。
「質問がある」
「はい」
「おまえは緑青館のことを良く知っているな」
「ええ。そりゃあもう」
実家と言っても過言ではない。
「では金糸閣は知っているか?」
「あー」
猫猫は劉医官がなぜ呼んだのか、察することができた。
年末に近づくにあたり官たちは労いの宴を自分たちで行う。その際、高級妓楼が使われることも珍しくない。特に高い地位にいる人たちは、どんな店を選ぶかで趣味がわかるというものだ。
金糸閣は緑青館と同じ老舗の妓楼で、わかりやすく言えば商売仇である。
「年末の酒の席をまだ選べないというわけですか?」
「使う場所は決まっている。酒も料理も決まっている。だが、どの店の女を選ぶのか、今年はうちの担当なんだ。すこぶる面倒くさい」
うちの担当という言い方を考えると他の部署も合同でやる宴なのだろう。
「そんなもの、部下に任せてしまえばよろしいのでは?」
わざわざ幹事の真似事を劉医官とあろうものがすべきではないと猫猫は考える。
「前に任せた挙句、巷で評判の安くて美味くて騒がしい店に案内された。飯炊き女がうじゃうじゃ出てきた」
「場違いですね」
「場違いだ。その時、致命的な問題が起こってしまい、それから長が責任もって取り仕切ることになった」
(うわあああ)
猫猫は想像する。劉医官が気を遣うということは、少なくとも劉医官と同等かそれ以上の官たちも参加する宴だ。
「ええっと大丈夫でしたか?」
「大丈夫なわけあるか。だが、ある人物のおかげで部下の首を飛ばすまでにはいかずにすんだ」
「ずいぶん奇特なかたがいらっしゃったようで」
「いや違う。そいつが問題の元凶だといっていい。開始から酒も飲まずにいろんなものをぶっ飛ばして、店を半壊させた。これが高級店だったらどうなったことかとお咎めなしだ」
「……」
一体誰がやらかしたのか、と猫猫は疑問にすら思わなかった。狐目の片眼鏡をかけた影が脳内に浮かぶ。
「なおその人物はその後呼ばないことになった。そいつを招待しなくても問題ない役職が取り仕切ることになった」
変に下っ端が高官を呼ばないと問題となる。
「そういうわけで」
「だから緑青館に気兼ねせずに答えてくれ。どっちの店がいい?」
「と、言われましても、私は立場上緑青館に肩入れするしかなく。妓楼以外にも飯屋はたくさんありますけど。何よりすでに予約が入っていて思い通りの日付になるかわかりませんし、緑青館ならまあ、銭を積めばいくらでも融通は利きますけど」
やり手婆の恐ろしい顔がちらついてしまう。金持ち客をたんまり呼んで来いと、煙管振り回しながら言いそうだ。
猫猫は考える。
(面倒だ。ここはやり手婆に売ってしまおう、ついでに仲介料いただいちまえよ)
けけけと笑う餓鬼のような声が聞こえる。
(今後のために誠実な対応を)
諭すような仙女のような声が聞こえる。
「規模と見積りを持ってきてくれたら、今度生薬の買い付けに連れて行ってやる」
「かしこまりました!」
猫猫は顔をきりりとさせて、背筋を伸ばした。
劉医官と別れたあと早速花街へと向かう猫猫。
「ええっと、参加する高官とどこでやるか、規模はと」
本来だったらもっと秘密にすべき内容かもしれないが、ある程度猫猫のことを信用していると思っている。
(あっ、この場所)
猫猫は覚えがあった。
前に猫猫が後宮を出た後、短期就労していたときに向かったところだ。そこにいじけた壬氏がいたことを覚えている。
(腐れ縁になったなあ)
一度来たところなら、想像がつきやすい。
部屋の広さに構造、妓女が何人いればいいかなどなど。
「おう、猫猫」
右叫が猫猫に声をかける。
「今日は左膳はいないぞ。薬の買い付けに行っている」
「左膳には用がないよ。婆いる?」
「婆か。ちょうど寄合に行っているぞ」
「寄合」
都合が良いといえば良い。
悪いといえば悪い。
花街は一つの店で成り立っているわけではない。たびたび店の主人たちが集まって話し合いをして、花街をどうするのか決めていかないといけない。大通りの掃除や、門番の交代、外堀の片付けなどなど。また、あまりに的外れな値段をつけて客を取り込もうとする店をけん制しないといけない。
緑青館は花街で三つの指に入る大店だ。
そして、金糸閣も三本のうちの一本である。
同時に話を進めるにはちょうど良いといっていいのだろうか。
(できれば別々に見積りをいただきたい)
しかし、猫猫は明日も出勤だ。早く終わらせたい。
(大丈夫かな)
猫猫は不安に思いつつ、寄合所に向かった。




