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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
後始末編

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七、かのこいのこくまのこ 後編


 翌朝、猫猫マオマオたちは村人によってたたき起こされる。


「おい! あんたら医者だろ! 来てくれ!」


 昨日、空き家に案内してくれた猟師だ。


 何事かと猫猫は眠い目をこすりながら身を起こした。


「何の用でしょうか?」


 一番年下である長紗チャンシャが対応している。ヤオはぼんやり天井を見ていた。

 猫猫はさっと服に着替える。


「病人が出たから見てくれ」

「……」


 長紗は猫猫に伺うように振り向く。


「……病人の症状は? 年齢、性別は?」


 猫猫は厚手の上着を羽織って、長紗と交代する。


「俺の息子、まだ五つだ。昨晩から頭痛と嘔吐が続いている」

「案内してください」


 猫猫が先に行くから、二人は着替えてあとからついてきてもらうことにした。 


「私たちよりも他の医官さまに頼んだほうがいいのではないでしょうか?」

「言ったが断わられた。おまえさんたちに頼むといいって言われた」

「へえ」


 わんわん先輩なら引き受けてくれそうだが、まだ寝ていたのだろう。気位の高い他の医官が勝手に返事をしたと推測される。


「この家だ」


 家の中に入ると、粗末な寝台に子どもが横たわっている。母親らしき女が木桶を抱えていた。女は張りのない顔で憔悴している。


(栄養状態が悪いのか?)


 妙に貧相に見えた。


「見せてください」


 猫猫は木桶を覗き込む。吐しゃ物の酸っぱい臭いがするが、固形物はほとんどない。


「昨晩は何を食べましたか?」

「粥と汁物だよ」

「お二人も一緒に食べましたか?」

「食べたさ」

「鍋を確認しますね」


 猫猫は竈に向かう。粗末な鍋の中には、根菜と肉の欠片のようなものが浮いていた。


(熊肉か)


 鶏でも豚でもない。牛に似ているが、猟師の村であることを考えると熊が妥当だろう。


 昨日の熊を早速さばいたのだろうか。


 猫猫は杓子で冷えた汁を取り、口に含む。


(あっ⁉)


 猫猫はごくんと飲み込み、村人と女、そして弱った子どもを見る。


 妙に女が貧相に見えるわけだと、納得した。肌に張りがなく、髪は艶どころか薄い。


 子どもはさらに貧相に見える。対して村人は、そこまで貧相ではない。


「猫猫、何か必要なものある?」


 姚と長紗が遅れてやってくる。猫猫はゆっくり首を横に振り、代わりにさっきの汁物を二人に差し出した。


「なんですか、これ?」

「汁物。材料に何が含まれているか当ててみて」


 姚は杓子に直接口をつけるのをためらっていたが、長紗がやっているのを見て真似るように汁を飲んだ。


「……ん、見た目よりも濃厚な味ね?」

「塩気はないですけど、そのおかげで深みがありますね」

「これは肝をすりつぶしているのかしら? 臭みとざらつきがある」

「正解」


 そして、猫猫は猟師から何を奪い返そうと思っていたのか思い出した。猫猫たちは猟師のほうを向く。


「昨日、熊の毛皮や肉の他に内臓も一部持ち帰りましたよね? 従兄弟がやった、俺は知らないとか言いながら、なんで鍋の中に入っているんですか? 熊の肝が――」


 猟師は気まずそうに目をそらす。


「……悪かったよ。俺の猟が下手なもんで、いつも肉の配分が少ないんだ。汁の中身を見ればわかるが、肉は欠片や筋ばかりだろう」

「そして、肝を入れていますね」

「ああ。すぐ腐るし臭みが強いが食えないよりましだからな」

「獲物がとれないんですか?」

「俺は従兄弟と違って猟が下手なんだ」


 ぽつぽつと猟師は話す。村の収入は狩りで賄っていること。血縁もあることから、集団で狩りをすることが多いこと。貢献が高い者ほど良い部位、大量の肉を得られること。


(内臓は腐りやすく価値が低い)


「普段から獣の肝を食べていたんですか?」

「ああ。息子が他の部位だと食いつきが悪くて、肝なら汁物に溶かし込むと飲んでくれる」


 猫猫はなるほどと頷く。姚と長紗は不思議そうに猫猫を見ている。


「病の原因がわかりました。熊の肝が原因でしょう」


 猫猫は竈の鍋を指す。


「ちょっと待ってくれ。いつも食べているものだぞ。なぜ今頃病になるんだ?」


 姚と長紗も説明が欲しそうな顔をしている。


「熊の肝にはたくさんの栄養が含まれています。でも、栄養も取りすぎるとよくないことはご存知でしょうか?」

「よく聞く話ですね」


 長紗が答える。

「多少なら栄養だけど、取りすぎると毒になる。熊の肝も同じです。本来なら一回二回食べた程度では、病のような症状になることはない。けれど、毎日のように長期間過剰に摂取し続けたらどうなるでしょうか? 体内に蓄積されませんか?」


 猫猫は貧相な猟師の妻を見る。髪が薄く肌は荒れて妙に老けて見えた。


「私が知っている例は、うなぎの食べすぎですね。うなぎは栄養が高く滋養強壮にいいのですが、食べすぎると害が及ぶと聞きます」

「あっ、それなら」


 姚が手を挙げた。


「昔、燕燕エンエンから聞いたことあるわ。遠い北の地の熊の内臓を珍味として食べたら中毒を起こしたって話。てっきり傷んで食中毒になったのかと思っていたけど」


 猫猫もなるほどと耳を傾ける。戻ったら燕燕に詳しい話を聞きたいところだ。


「だったら俺も同じものを毎日食べていた。俺はどうして無事なんだ?」

「単純に体の大きさではないでしょうか」


 猫猫は質問に答える。


「今後は動物の肝を食べる量を減らしたほうがいいでしょう。頑張って狩りを成功させてください」


 厳しいようだが猫猫はそういうしかない。


「それと」


 猫猫は炊事場をきょろきょろ見る。


「肝と一緒に胆のうはついてませんでしたか」

「それなら……」


 猟師はそっと屑籠を指す。


「捨てた」

「もったいない!」


 狩りが下手以前に価値もわかっていない。


 猫猫は慌てて屑籠の蓋を開けてあさり始める。


「きったないわよ!」


 姚が怒るが猫猫は気にせず胆のうを探した。


「ふふふ、熊胆」


 頭に野菜くずをつけながら猫猫はべちょっとした熊の胆のうを掲げた。





『ゆのこゆのこ

 ちいさなゆのこ

 たんと乳飲め どんぐりお食べ

 大きゅうなったら 遠く行こう

 ゆのこゆのこ

 ちいさなゆのこ』


 宮廷の医局に戻ると、歌が聞こえてきた。天祐ティンユウが歌っている。


「おっ、おかえりー」

「戻りました」


 猫猫は天祐の歌よりももらった胆のうを処理することのほうが大切だ。しかし天祐は声をかけてくる。


「前に言ってた三番の歌」

「はい、今聞きましたよ」


 猫猫はきれいに拭いた胆のうを干せる場所を探す。


「熊から逃げる歌詞だって言ってたけど、地方によっては違うんだ。もう一つのパターンの歌を歌ってみたんだけど」

「へいへい」


 猫猫は手を休めることなく返事をする。


『ゆのこゆのこ

 ちいさなゆのこ

 たんと乳飲め どんぐりお食べ

 大きゅうなったら 遠く行こう

 ゆのこゆのこ

 ちいさなゆのこ』


 ゆのこ、『ゆうの子』だろう。


「乳を与えて、どんぐりを与えてってどういう意味だと思う?」

「さあ、野生動物に餌を与えるろくでもない行為のことでしょうね」

「違う違う。子熊を飼っているんだ」

「かってる?」

「飼育のほうね。狩りのほうじゃないよ」


 猫猫はちょうどいい場所に胆のうをぶら下げて天祐を見る。


「母熊を狩りで殺し、子熊が残る。残った子熊は肉にするにはまだ小さい。だから飼育する」

母熊の代わりに乳を与え、餌を与える。

「そして、成獣になる前に食べてしまう」

「ふーん」

「熊は小さいときはともかく大人になると怖いからね」

「何か落ちはあるんですか?」


 猫猫はぶら下げた胆のうをなでるように触れる。


「落ちはないよ。ただ熊って人を食うこともあれば、食われることもあるんだよね、って思い出しただけ」

「そうですかー。今度はもっと面白い話をお願いしますね」

「つまらなかったなら残念」


 天祐は両手を広げて去っていった。


「食うか食われるか」

 

 天祐はちょっとした嫌味を言いたかったのだろうか。そういう性格だ。


(食うほうを選びたいけど)


 実際対峙したら食われるのは猫猫である。


 熊胆、熊胆と喜んでいるが、猟師たちが命をかけて得ている物であることには違いない。

 

 あの狩りが下手な猟師も命をかけて働いているはずだ。でも、肉もちゃんと得られず、家族にちゃんと食わせることができない。


(熊胆の作り方も知らなかったな)

 

 知っていたらいくらかましな生活になっていただろう。とはいえ、加工方法を教えたところで医局に入るときに高く売りつけられる。

 

 教えてやらない猫猫は性格が悪いなと思いつつ、なんでも施すわけにはいかない。

 

 万人に親切にできるほど猫猫は性格がよくない。せいぜい両手の数くらいしか手を差し伸べられないのだから。


 


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 他の方も仰っていますが、猫猫と専属契約をして熊胆を卸して貰えばよいのでは。資金は壬氏様か軍師殿辺りに頼めば、何とかなりそうです。猟師の家族を猫猫の両手の内に入れてしまえばよ…
熊胆を適切に処理して、猫猫に買い取って貰えればwinwinになる。
〉医局に入るとき 医局が購入するとき 〉誰が誰に 医局が猟師に高値で売りつけられる と解釈しました
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