第三話 博士の苦悩
「何故だ、何故なんだ。何度やっても失敗だ」
『そろそろ休憩にしませんか?』
クラウディアの音声と同時にノックが聞こえた。
エー博士はパソコンの画面前で頭を抱えているとノックがした。
「ああ、アイ君だね。もうそんな時間か」
「博士、そのとおりです。休憩にしましょう。今日はキリマンジャロコーヒーとアップルパイです」
ドア越しに聞こえるのはから助手のアイ君の声だ。もうそんな時間になってたのか。確かにずっと仕事詰めでは上手く切り替えないと効率は良くない。AIのクラウディアもそうアドバイスしていた。
「おう、すまないな。そうしよう」
そうして休憩時間となった。
エー博士はアップルパイを美味しそうに食べ、コーヒーを飲みながら助手にアドバイスしていた。
「ふむ、これも美味しいが私のクラウディアはアップルパイにはセイロンティーが合うと言ってたな。次からはそうしてくれ」
「はい、失礼しました。私はコーヒーも合うと思いますが、そう仰るのであれば次からは気をつけます。ところでまだ解決の見通しは立たないのですか」
「ああ、AIが人間の知能を超えて早や十年。AIに任せて工場などの技術は安定し、事故も劇的に減った。自らの不具合も判定してくれるから人間はデスクワーク労働の大半から解放された。だが、停滞している分野もある」
「人々が自由な時間を得ると求めるもの。いわば娯楽ですね」
「そうだ。何度学習させてもどこか過去に見たような作品になる。音楽も絵画も漫画も小説もだ」
「メディアや国によって『娯楽枯渇問題』、『エンタメ停滞問題』『欠けたユートピア』などと呼ばれていろんな議論や考察がありますが、どれもいまひとつですね。
あ、今日のキリマンジャロは我ながらよくできてます」
アイ助手はコーヒーに関してだけはこだわりがあり、今でも自分の手で豆を挽くところから入れるこだわりがあるので、日によって味が違う。どうやら本日の出来に満足のようだ。
「AIコーヒーメーカーに任せれば、その分研究時間に活かせるのに、もったいない。
豆だってそうだ。AIアドバイスどおりの豆を買って、AIコーヒーミルに挽かせれば味だって好みに合わせて焙煎したり挽いたりと効率良くできるのにな」
「博士、仰っていることはわかりますが、コーヒーだけは自分で考えて淹れて一喜一憂するのが楽しいのです。まあ、今日のアップルパイは冷凍シートと缶詰で手抜きしましたが」
「そこまで行けば手抜きではなく手作りだろう」
アイ助手はコーヒーを淹れるだけではなく、菓子作りだけは自身の手で行う。
今や、コーヒーやお菓子もAI工場で品質が安定したものが売られている。昔から市販品は味は安定していたそうだが、AIによって均一性は向上した。
今や菓子の材料はマニア向けに売られているものがほとんどで、道具もアンティークショップにしかないから、高くつくと思うのだが、彼女には作る工程を楽しむことも娯楽だと言う。
エー博士は思うところがあったが、今はそれを議論する場ではない。もっと大きな問題があるのだ。
「私より若いのに妙に頑固なところがあるな。まあ、この問題の呼び名もAI学習によって最適解なものが付いて定着するだろう」
「しかし、人間より知能が高いAIの時代でもこんなことになるとは、誰も予想しなかったでしょうね」
「ああ、だから世界中の研究者やエンジニア、一般ユーザーまで躍起になってAIにありとあらゆる時代の芸術や娯楽を学習させているが、さっぱりだ。
人間の著作物も研究目的に限って使用許可が降りるようになり、学習量も圧倒的に増えた。
しかし、出てくるのは精度は低いのはもちろん、どこかで見たようなものばかりだ」
「そうですね」
「だから、音楽ばかりではなく絵画も小説も漫画もAIクラシックしかない。人間が作ったものが少し売れる程度だ。
二十世紀ころに似た議論があったそうだ。
『メロディー限界説』と言って音符で表せるパターンは既に飽和状態だから似た曲ばかりになると、しかし今回はそれよりも制限は無い」
博士がまた考え込みだしたので、アイ助手は博士に声をかけた。
「ほら、博士。考えるのはコーヒーとアップルパイを食べてからにしてください。冷めてしまいますよ」
「おお、そうだったな」
そうして博士はアップルパイを一口食べた。確かに今までの手製品の味より、何か違う味がする。助手が手作りするまでは食べ物の味にわずかな違いがあるなんて思いもよらなかった。
(昔は機械に頼らず常に同じ味を出した職人がいたというな。おや?)
博士は味以外にいつもと違う点と何かに気づいて助手に尋ねた。
「なんか、いつもよりもハッキリと違うな。既製品ばかりと言うがなんというか香り……」
「ああ、今日はシナモンを多めにしました。今日は手抜きだから、たまには変化をつけようと、ひらめきってほどではないけど思いついて」
その時、エー博士は雷に打たれたようなひらめきが浮かびました。
「そうか! AIは『学習して結果を出す』、しかし、学習結果の応用はできても新しいひらめきは無い! ひらめきが無いから似たような作品なんだ!」
博士の言うことにアイ助手も同意した。
「確かにそうです。研究の時よりコーヒーを入れる時の方が頭を使うというか、ぽっと『今日は昨日より細かく挽く』とか考えついたのですが、あれもひらめきだったのですね」
「よし! AIに『ひらめき』を学習させれば解決するぞ!」
エー博士は嬉々としてパソコンに入力を始めました。
「……頑張ってください。私も片付けますね」
アイ助手はお皿を洗いながら考えた。ひらめきの概念はそんなに簡単ではないと思ったし、自分のような自力でやる人間でもなかなかひらめきは出ない。
博士のようになんでもAIにすがりつき、考えているようで考える力が無い人間がどうやってひらめきの概念を理解できるのだろう。
AIができる前の時代なら誰もが思っていた感情も、こうやって世界中で問題化する時点で人類の進化は無いのではないか。アナログ世代のひいおばあちゃんやおばあちゃんと暮らしていた感覚がどうやら普通でないと、自分が薄々感じていたことを博士は大発明のようにはしゃいでいる。
ひいおばあちゃんが読ませてくれた古典漫画。あの中で機械の言いなりになって人類が滅亡した世界。あれを自力で考えて書いた漫画家はやはり天才だったのだ。
アイはきっとこの現状は変わらない、万一のために核シェルターを購入しようかと考えるのであった。




