マグナは神性糖を吟味する。
冥界の片隅にある、小さなオープンカフェ《マグナ》。
その店のカウンターで、
店主のマグナは頬杖をつきながら、小瓶を眺めていた。
琥珀色に輝く砂糖。
神性糖。
世界に満ちる感情を、調合できる形へと結晶化した特殊な糖。
原初糖、死性糖、夢性糖、冥界糖──。
数ある「感情糖」の中でも、
その扱いが可能なのは冥界でマグナただ一人だった。
「……今日の甘さは、ちょっと強いやね」
マグナは瓶をそっと閉じた。
◇
カラン。
店のベルが鳴る。
のそのそと三つ首の魔獣が入ってくる。
瞳は虚ろで、口からは泡を垂らし、
「ウォロロォォン……」
と低く唸る。
マグナはため息をついた。
「営業中なんだけど」
店の隅では、
白い毛布に包まれたヒュプノスがソファで眠っている。
「グォォオオン!!」
魔獣が激しく叫ぶ。
ヒュプノスは寝返りを打つだけ。
マグナはぼそりと呟いた。
「……静かにしてね」
マグナの瞳が冷たく光った。
次の瞬間。
ズガァン。
耳をつんざくような雷撃の音。
魔獣は一瞬で吹き飛び、壁にめり込んだ。
「お店で騒ぐのは、やめてほしいなー」
「テーブル壊したら弁償だからね」
そう言って、
吹き飛んだ魔獣の頭を片足でぐいっと押し戻す。
「はい、お店の外」
ごろごろと転がり、魔獣は石畳の向こうへ消えていく。
マグナは何事もなかったようにカウンターへ戻る。
「ごめんね、お騒がせしましたあ」
いつものことだ、
と、常連の年老いた悪魔が新聞をめくる。
マグナはショーケースからチーズケーキを取り出し、
皿に載せ、常連のテーブルへ、すっと置いた。
「今日のおすすめ」
それを聞いて常連は苦笑する。
「昨日もそうだったやん」
「昨日よりおいしいから」
そう言って、自分でも一口。
「……うん、おいしい」
満足そうに頷くと、マグナはコーヒーへ神性糖を一粒落とした。
琥珀色の粒が静かに溶けていく。
常連は一息に飲み干し、小さく息をつくと、
代金を置いて立ち上がる。
「来週も生きてたらまた来るわ」
マグナは静かに笑った。
「死んでも来れるでしょ」
「違いない」
常連は片手をひらりと振り、店をあとにした。
マグナは小さく頷くと、ヒュプノスのために新しいコーヒーを淹れ始めた。
「ヒュプノス様、コーヒー置いときますねぇ」
マグナはそっとコーヒーを置く。
五分後。
完全に冷めている。
「また寝ちゃった」
新しく淹れ直す。
◆
カラン。
再びベルが鳴る。
今度は全員が顔を上げた。
金髪の男。
自信満々の笑顔。
冥界の空気が一瞬だけ甘くなる。
「今の、なかなか面白かったよ」
マグナだけ表情が変わる。
「……厄介なお客さんが来たね」
男は椅子に腰掛ける。
「コーヒーを一杯。それと──」
カウンターの神性糖を見る。
「その砂糖にも興味がある」
「売り物じゃないよぉ」
男は笑みを崩さない。
「知ってる。だから来たんだ」
冥界の空気がわずかに震える。
色欲の悪魔、アスモデウス。
マグナは雷撃を構える。
「お店で暴れないでね」
雷撃。
ズドォン!!
煙が晴れる。
アスモデウスは椅子に座ったまま。
コーヒーカップだけ持ち上げている。
「へぇ…危ない危ない」
マグナは目を細める。
「……避けた?」
アスモデウスはコーヒーカップを傾けた。
「女の子に好かれるのは慣れてるからね」
(こいつ……)
マグナが本気で撃とうとした瞬間。
「店、なくなるよ?」
さらりと言ってのける。
マグナは撃てない。
力では負けていない。
ただ、相手のペースに乗せられている。
「帰れぇ!」
マグナが怒鳴る。
「コーヒー飲みに来ただけなのに」
「絶対うそだろ!」
「やっぱり君は面白い」
アスモデウスはふふと笑う。
そして、人差し指と中指に挟んだ一枚のカードを、ひらりと掲げる。
「これ、もうすぐ貯まるんだ」
それは、この店のポイントカードだった。
「あー帰れよ……」
店内には甘い香りだけが漂っていた。
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