眠りの神は今日も寝坊する。
ヒュプノスは四日ぶりに目を覚ました。
本人の感覚では、少し目を閉じていただけだった。
大理石で造られた広大な寝室。
天井には夜空を映した魔法の装飾。
柔らかな黒い天蓋。
周囲には数百年使われている高級家具。
普通なら、王族の部屋と間違えるだろう。
しかし。
部屋の主は、起きた瞬間にこう言った。
「……眠い」
「ヒュプノス様、お目覚めですか」
新人の侍女の一人が訊ねる。
「……何日寝ていた?」
「四日でございます」
「短いなー」
「……十分長いです。
その間に人間の勇者がこの冥界に侵入しました。
タナトス様が処理しましたが……
「そうなんだね」
侍女は続ける。
「ヒュプノス様、本日の予定ですが」
ヒュプノスは夢を記録している。
亡者が最後に見た夢。
生者が今夜見る夢。
悪夢の発生率。
予知夢。
神々の夢。
全部自分だけの「夢録」にまとめている。
「全部終わってるよ」
「……え?」
「夢の中で済ませたから」
侍女が慌てて確認する。
「君、昨日は泣いたんだね」
「えっ……?」
「お母様の夢を見たでしょ」
「は、はい……どうして」
「君の夢は印象に残っていたよ」
そこに、
マグナが来る。
「おはようございまぁす」
「おはようマグナ。昨日はプリンを三つ食べたね」
「あら? ヒュプノス様には隠し事できませんねぇ」
「夢で後悔していたね」
マグナは苦笑しながら、侍女に語る。
「この人、寝てる方が仕事早いんだから」
「眠りはこの方にとっては重要な予定。ヒュプノス様は眠りの中で仕事をこなすのよぉ」
ヒュプノスは
「少し風に当たって来るよ」
と、長い銀髪を翻し部屋を後にし、冥界の遠景が見渡せる場所へ向かう。
半分閉じた眠そうな目。
白いゆったりした服。
羽毛のようなマント。
白い毛布を肩に羽織り、羽毛のクッションを抱えている。
そこにアルネアが来る。
「相談かな?」
ヒュプノスはアルネアを見て、少し笑う。
「……どうして分かったんですか?」
「夢を見たからだよ」
アルネアは苦笑する。
「さすが、眠りの神様ですね……」
少しの沈黙と静けさ。
「兄さんのこと?」
アルネアは肩を震わせた。
「……はい」
ヒュプノスは冥界の広大な景色を見下ろしたまま言う。
「兄さんは、君を特別に思っているよ」
「……え?」
「ただ」
目を細めて笑う。
「本人が、それを理解していないだけさ」
風が二人の間を吹き抜ける。
「昔も……女性の補佐官は、いたんでしょうか」
「いたよ」
(やっぱり……)
「でも」
「兄さんの隣に、一番長くいるのは君だ、アルネア」
ヒュプノス空を見て、
「だから、焦らなくてもいいと思うよ」
(その言葉だけで、わたくしは生きていけます!)
アルネアはほっと胸を撫で下ろした。
ヒュプノスは目を閉じる。
「さて……少し眠くなってきた」
「今起きたばかりですよ?」
「起きていると疲れるからね」
そうヒュプノスが呟き、アルネアは思わず笑った。
眠りの神は、今日も誰かの夢を見に行く──。
読んでくれてありがとうございます。冥界は今日も平和です。




