タナトスさんの休暇。
冥界は本日、休日である。
補佐官アルネアは新人時代を思い出しながら、胸を高鳴らせていた。
「タナトス様のお宅へ資料を届けに行きます!」
当然、想像する。
「死神様の住居……きっと禍々しい城……
黒い塔……
骸骨の玉座……
地獄の炎……」
しかし到着したのは。
冥界庁舎近くの古い1K。
「お邪魔しま…………え?」
扉を開けると、六畳の部屋。
壁際に整然と並んだ本棚。
終命録の資料が積まれた机。
小さな冷蔵庫。
簡素なベッド。
窓際の鉢植え。
そして──虫の観察ケース。
「……え? え? え?」
アルネアは脳が処理を拒否した。
「何か期待していたか?」
タナトスが声をかける。
「もっとこう……死神様のお部屋を想像していましたぁ」
「棺桶とか…」
「寝具として不便だ」
「なぜ虫を飼っているんですかー?」
「死者は過去を残して眠る。しかし彼らは、今日という時間だけを生きている」
「はあ……なる、ほど?」
(いや哲学的すぎて意味が分からないんですけど!?)
冥界の死神。
数千年生きる神。
勇者を一瞬で迎える存在。
なのに、
家賃を払っている。
隣の部屋のおじさんに「今日も早いね」と言われる。
大家さんに「また定時なのかい」と言われる。
冥界の片隅にある、小さな部屋。
それが死神タナトスの休日の最初の印象だった。
◇
今日のタナトスは白いロングコートを脱ぎ、
代わりに派手な花柄のアロハシャツを着ていた。
黒いサングラス。
南国風の飲み物。
陽気な音楽。
ハンモック。
海辺のポスター。
「……タナトス様?」
「おぉアルネアか。今日は休みだぞ」
「最近の休みはいつもその格好……?」
「休暇中だからな」
「いや、それは分かりますけど……けど……」
タナトスはゆっくりパイナップルジュースを飲む。
「仕事を忘れるためには、仕事とは正反対の環境が必要だ」
(タナトス様っ、意外と休日を楽しむ才能がある……!)
「タナトス様って、毎度休日はこうなんですか?」
「そうだ。バリエーションは色々ある」
「誰かと過ごしたことは?」
「一人だ」
「……」
(複雑……
でも……
でも……
好き……)
部屋の隅に、古い花瓶と枯れない花。
小さな写真立て。
「これは?」
「昔、送った死者から貰ったものだ。
捨てる理由がない」
アルネアは息を呑む。
(この人は……何千年経っても、もらったものを大切にしているのね)
それは、アルネアが初めてタナトスを強く意識した瞬間だった。
その時、アルネアは初めて理解した。
自分が惹かれていたのは、彼の死神としての力ではない。
誰にも見えない場所で、誰かの想いを守り続ける、この人自身だったのだ。
アルネアは、しばらくその花を見つめていた。
何千年も生きる神が。
何千年も前にもらった小さな贈り物を、今も大切にしている。
(……だからわたくしは、この人が好きなんだ)
その理由を、アルネアは初めて言葉にできた。
読んでくれてありがとうございます。続きもゆるく楽しんでもらえたら嬉しいです。




