表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/15

タナトスさんの休暇。

 冥界は本日、休日である。

 補佐官アルネアは新人時代を思い出しながら、胸を高鳴らせていた。


「タナトス様のお宅へ資料を届けに行きます!」


 当然、想像する。


「死神様の住居……きっと禍々しい城……

 黒い塔……

 骸骨の玉座……

 地獄の炎……」


 しかし到着したのは。


 冥界庁舎近くの古い1K。


「お邪魔しま…………え?」


 扉を開けると、六畳の部屋。


 壁際に整然と並んだ本棚。

 終命録の資料が積まれた机。

 小さな冷蔵庫。

 簡素なベッド。

 窓際の鉢植え。

 そして──虫の観察ケース。


「……え? え? え?」


 アルネアは脳が処理を拒否した。


「何か期待していたか?」


 タナトスが声をかける。


「もっとこう……死神様のお部屋を想像していましたぁ」


「棺桶とか…」


「寝具として不便だ」


「なぜ虫を飼っているんですかー?」


「死者は過去を残して眠る。しかし彼らは、今日という時間だけを生きている」


「はあ……なる、ほど?」

(いや哲学的すぎて意味が分からないんですけど!?)


 冥界の死神。

 数千年生きる神。

 勇者を一瞬で迎える存在。


 なのに、


 家賃を払っている。

 隣の部屋のおじさんに「今日も早いね」と言われる。

 大家さんに「また定時なのかい」と言われる。


 冥界の片隅にある、小さな部屋。

 それが死神タナトスの休日の最初の印象だった。



 ◇



 今日のタナトスは白いロングコートを脱ぎ、

 代わりに派手な花柄のアロハシャツを着ていた。


 黒いサングラス。

 南国風の飲み物。

 陽気な音楽。

 ハンモック。

 海辺のポスター。


「……タナトス様?」


「おぉアルネアか。今日は休みだぞ」


「最近の休みはいつもその格好……?」


「休暇中だからな」


「いや、それは分かりますけど……けど……」


 タナトスはゆっくりパイナップルジュースを飲む。


「仕事を忘れるためには、仕事とは正反対の環境が必要だ」


(タナトス様っ、意外と休日を楽しむ才能がある……!)


「タナトス様って、毎度休日はこうなんですか?」


「そうだ。バリエーションは色々ある」


「誰かと過ごしたことは?」


「一人だ」


「……」


(複雑……

 でも……

 でも……

 好き……)



 部屋の隅に、古い花瓶と枯れない花。

 小さな写真立て。


「これは?」


「昔、送った死者から貰ったものだ。

 捨てる理由がない」


 アルネアは息を呑む。


(この人は……何千年経っても、もらったものを大切にしているのね)


 それは、アルネアが初めてタナトスを強く意識した瞬間だった。


 その時、アルネアは初めて理解した。


 自分が惹かれていたのは、彼の死神としての力ではない。


 誰にも見えない場所で、誰かの想いを守り続ける、この人自身だったのだ。


 アルネアは、しばらくその花を見つめていた。


 何千年も生きる神が。


 何千年も前にもらった小さな贈り物を、今も大切にしている。


(……だからわたくしは、この人が好きなんだ)


 その理由を、アルネアは初めて言葉にできた。


読んでくれてありがとうございます。続きもゆるく楽しんでもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ