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タナトスさんは今日も定時退社。  作者: 4時間移動の無職
第二章 サタンの苦悩
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熾天使、説得に失敗する。

 その日、冥界に、異常な光気が吹き荒れた。


 本来なら死者しか訪れない暗黒の地に、天界の光が降り注ぐ。巡回中のタナトスの前に現れたのは──二人の熾天使だった。


 一人は、神の言葉を伝える天使。

 もう一人は、炎を司る天使。


 ガブリエル、そしてウリエル。


「冥界ってもっと陰気な場所だと思ってたんだけどねぇ」

 物珍しげに周囲を見回すオネエ系のウリエルの前に、タナトスが立ち塞がる。


「……陰気だが」


「いやアンタが言うと説得力あるわ」


「何用だ?」


「ルシフェル様をお迎えに」


「なるほどな、しかし本人が拒否したら?」


 タナトスが淡々と問い返すと、ウリエルは一瞬だけ言葉に詰まり、それでも表情を変えずに答えた。


「……説得しますよ」


 タナトスは使節到来を庁舎へ伝えた。ほどなく面会の許可が下りる。



 ◇



 冥界庁舎。


 二人の熾天使が優雅に一礼した相手は、執務机で書類を眺めていたサタンだった。


 ウリエルは息を呑み、ガブリエルもまた言葉を失った。

 そこにいたのは、確かにルシフェルの面影を残した存在だった。

 しかし、かつて白銀の翼を広げていた熾天使の姿は、もうそこにはなかった。


「ルシフェル様、天界にお戻りくださいな」


「……誰?」


 怪訝そうに顔を上げるサタンに、ウリエルは目を瞬かせる。


「え? ルシフェル様……」


「俺のこと?」


「左様でございます」


「いや、俺ルシフェルじゃないって」


「その反応が一番困るんです」


(この人は変わってしまった、でも、偽物ではない)


 困り顔の熾天使に、サタンは肩をすくめた。


「その名前は何か引っかかるが、俺じゃない」


「そんな……」


「ウリエル、と申したな。言うなれば……」


「俺は新しく脱皮した、生まれ変わったのだ。過去の姿も記憶も今はもう必要ない」


 これがサタンの本音で堕天したルシフェルの末路であった。


(一部記憶まで失っているのね……)


 ウリエルの視線が、彼の背後へ向く。


 岩盤を削り出したような黒い皮膚。

 生物の翼とは思えない、昆虫の翅を思わせる十二枚の異形の翼。

 それは天使の名残を残しながら、完全に別の存在へ変質していた。


 結局、その場は押し問答のまま終わり、数百年越しの任務は、開始早々に頓挫した。



 ◇



 いったん説得を諦めたウリエルは、腐りながら悪魔カフェへと足を運んでいた。

 愚痴を垂れ流しながら、カウンターに突っ伏す。


「……長い年月をかけて、ようやく再会できたと思ったのに~」


(強制されたわけじゃない……問題はルシフェル様自身が、自由意志で堕天したという事ね)


 ウリエルの端正なその横顔には、隠しきれない落胆が滲んでいた。


「……今日は帰る気になれないわね」


「まぁまぁ、コーヒー飲む?」


 マグナがそう声をかけると、ウリエルは顔を上げる。


「私は天使よ?」


「うん知ってる。羽見えてるし」


「……」


「……砂糖は二つで」


 しぶしぶといった様子でカップを受け取りながら、ウリエルは小さく付け加えた。


「今はルシフェル様本人の意思を尊重するしかない、か」


 諦めとも納得ともつかない声だった。


 もう一人、扉の脇に天使ガブリエルが控えていた。

 こちらはウリエルとは正反対に、生真面目な性格らしい。


「ウリエル様、任務中です。

 これは観光ではありません。我々はルシフェル様を天界へ帰還させるために……」


「分かってるわよ。でもこのカフェ、良い香りするじゃない」


 ウリエルはそう軽く受け流すと、運ばれてきたコーヒーを一息に飲み干した。満足そうに立ち上がる。


「……仕方ないわね。また来てあげるわ」


 そう言い残し、ウリエルは店を後にする。


 その背中は、任務に忠実な熾天使というより、気ままな旅人のようだった。

 天界に籍を置きながらも、彼はいつも通りの問題児だった。


「毎度ありー。熾天使さん、またね」


 マグナは普段の接客と何一つ変わらない態度で、ウリエルたちを見送った。


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