監査に怯えるタナトスさん。
冥界庁舎の一室。
タナトスは静かに記録簿を整理していた。
几帳面に並べられた死亡記録。
日付順に、角度まで揃えて積まれている。
「タナトス様〜、これ、どこに置くんですか?」
アルネアが横からひょいっと顔を出す。
「そこは触るな。順番が崩れる」
「えー、ちょっとくらい良いじゃないですか」
「駄目だ」
アルネアは机に身を乗り出し、タナトスのすぐ横から記録簿を覗き込む。
前回の“デートです”発言から、なんだか距離が近い。
タナトスは気づいているのかいないのか、
淡々と記録簿を積み上げていく。
「……ん?」
タナトスの手が止まった。
「どうしました?」
タナトスはさりげなく記録簿を閉じた。
「いや、何でもない」
「何かありましたよね?」
「業務には関係ないことだよ」
「……そですかぁ」
アルネアは不服そうに頬を膨らませるが、
深追いはせず、すぐいつもの軽いノリに戻った。
その時、
静かに扉が開く。
「失礼いたします」
現れたのは、若い女性だった。
淡い水色の浴衣。深い紅色の帯。
その立ち姿には、舞台の上にいるような静けさがあった
「タナトス様、監査です」
女性が深く一礼した。
黒髪を丁寧にまとめ、所作は完璧。
「ペルセポネ様の使いで参りました。
タナトス様の業務監査のためにございます」
タナトスの顔が固まる。
「か、監査……?」
アルネアはぽかんと口を開けた。
「初めまして。リュネと申します」
リュネは表情ひとつ崩さない。
アルネアはリュネの持つ書類へ視線を向けた。
「リュネさんって言うんですか?
かわいいですね!」
「ありがとうございます。業務に関係のない評価は不要です」
「かたい……」
タナトスは板挟みで疲れた顔をする。
リュネは淡々と書類を広げる。
「タナトス様。死亡記録の提出状況、確認いたします」
「うむ……」
アルネアが小声で囁く。
「タナトス様、どうしたんですか?」
「ん、何がだ?」
「少し様子が変です」
「いや、まぁ……」
タナトスは深くため息をついた。
リュネは書類を閉じる。
「本日の確認は以上です。
後日、詳しくお伺いします」
「……了解した」
リュネは一礼し、帰ろうとする。
その瞬間──
彼女の視線が、机の上の“閉じられた記録簿”に向いた。
タナトスが隠したものだった。
リュネは何も言わず、静かに扉を閉めた。
タナトスは小さく息を吐く。
「……アルネア」
「はい?」
「私は監査は苦手だ」
「知ってますよ」
アルネアは可笑しそうに笑った。
◇
冥界医務室。
サタンはベッドの上で魔力点滴を受けながら、書類をめくっていた。
「サタン様、安静にしてください」
看護師の悪魔が困ったように言う。
病室には、
レヴィアタンが持ってきた果物、
マモンが調合した高級栄養剤など、
見舞いの品が山のように積まれていた。
「……仕事が終わってから休む」
「それでは、いつまでも休めません」
休んでいる者など、一人もいない。
冥界では今夜も、それぞれの思惑が静かに動き始めていた。
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