第092話「今は無理」
氷棺の前から、すぐ離れる気にはならなかった。
竜息でだめだったからといって、一発で無理と決めつけるのも違う。他も試してみるか。
◇ ◇ ◇
まずは前脚を氷棺の表面へ掛け、そのまま力を込めて引いた。きんと冷たいだけで、黒玻璃に掛けた時みたいな引っかかりはまるで返ってこない。
白い霜が薄く散ったが、それだけだった。傷も爪痕も残らない。
次は首を寄せて牙を立てる。固いというより、手応えが薄い。こっちは確かに噛んでいるのに、削れた感じがまるでない。
牙を離して見ても、やっぱり何も残っていない。
◇ ◇ ◇
雷纏も乗せた。鱗の上を青白い火が走り、前脚から肩、首まで熱と痺れが一気に通る。
そのまま叩きつけると、乾いた音と一緒に霜がばっと舞い、床へ白い粒が散った。
それでも氷棺の表面は変わらない。黒玻璃なら欠けているし、普通の氷なら割れている。こいつは白く曇っただけで終わった。
ここまでやっても傷ひとつつかないなら、一発が浅かったとかそういう話じゃない。何を当てても効いていない。
◇ ◇ ◇
そこでようやく、鑑定を向ける。
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■■■/読取不能
封■■■■/読取不能
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そこまで読めないのか。
ただの氷じゃない気がする。龍ごと閉じ込めるための何かで、その中に龍がいる。そんな感じだ。そこまで分かれば十分だった。今の俺でどうにかできる相手じゃない。
◇ ◇ ◇
今はまだ壊せない。それだけだ。
場所はもう見つけたし、氷棺も封じられた龍もここから消えたりしない。なら後でいい。先に、取れる方を取りに行く。
前に人間たちが喋っていた時、意味は分からなかったのに、白いと王座みたいな音だけは妙に残った。
氷棺が途中にあるなら、その先だ。
◇ ◇ ◇
部屋の奥へ目をやると、氷棺の向こう側にも黒玻璃の通路が続いていた。壁に沿って細く伸びているが、今の体なら足場にできる幅だ。
前脚を掛け、後脚を合わせる。まだ少しぎこちないが、落ちはしない。
反響定位を薄く返すと、奥へ返る音は長く、空気の流れも一方向だった。冷気だけじゃない。もっと奥から、別の重い気配が続いている。
氷棺の間は終点じゃない。途中なら迷わない。
取れない報酬は置いていく。先に奥を確かめる。
腹を低くして、奥の通路へ踏み出した。




