第091話「氷棺」
古い通路を進んで、すぐだった。
前の壁際に、フロストゲッコーがいた。
こっちを見る。
飛びかかってこない。
そのまま壁へ腹を押しつけて、動かなくなった。
……いや、固まってるのか。
近づくと、今度は慌てて横へ逃げた。速い。けど、遅い。完全に一手遅れている。
その先でも同じだった。
骨の影から出てきたフロストマウスが、俺を見た瞬間に止まる。次の瞬間、くるっと向きを変えて通路の奥へ逃げた。
何もしてないよな、俺。
◇ ◇ ◇
気配のせいかと思った。
体格が変わった。幼竜になった。だから向こうが怯んだ。最初はそう見えた。
でも三体目で分かった。
壁の途中にいた小型の蛇系魔物が、こっちを見た瞬間に頭を下げた。飛びかかる前の溜めがない。最初から逃げ腰だ。
変わってるのは、こっちの見た目だけじゃない。
鑑定を開く。
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竜威 Lv1
常時、微弱な竜の威圧を発する。
格の低い生物の動きを鈍らせ、萎縮・逃走を誘発する。
任意発動時、MPを消費して威圧の強度と範囲を一時的に大きく引き上げる。
効果は対象の格と強さに応じて変動する。
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勝手に漏れるな。怖いだろ。
そりゃ止まる。
今までこっちが怯えていた側の圧が、今は俺から出てるらしい。
◇ ◇ ◇
続けて、竜息も開く。
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竜息 Lv1
喉奥に魔力と熱を集束し、体質に応じた属性を帯びた息として前方へ放つ。
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出せるのか。
しかもちゃんと、今の体で。
喉の奥が少し熱を返す。前はそこで終わっていた。今は違う。集めれば出るところまで来ている。
分かった。
使える。
後で試してみるか。
◇ ◇ ◇
通路を進む。
刻印はさっきより濃い。
白層の生き物の気配も、ここまで来ると急に薄くなる。冷たいのに、狩り場の寒さじゃない。止まったまま閉じていた場所の静けさだ。
霜のつき方まで違う。吹き上がる冷気じゃない。床と壁に、ずっと沈んでいた冷えが残っている。
通路の幅は狭い。けど、前脚と後脚がある今は進める。黒玻璃の段差も、骨の出っ張りも、前の蛇体よりずっと足場になる。
前なら遠回りだった。
今はそのまま上を取れる。
◇ ◇ ◇
通路が切れた。
その先で、空間が大きく開いていた。
広い。
白い霧は薄い。その代わり、空気がやたら静かだ。
部屋の中心に、深い氷が立っていた。
氷塊なんてもんじゃない。
透き通っているのに、奥が見え切らない。
その中に、何かいる。
長い首。閉じた翼。折りたたまれた四肢。尾の先まで、骨じゃなく形のまま残っている。
龍か?
前世のフィクションに出てきたやつみたいだ。
今まで触ってきた竜骨より、明らかに格が上だ。俺が幼竜になった今でも、あっちは別だと一発で分かる。
ほんとにいるのかよ。
◇ ◇ ◇
だったら、試すだろ。
喉の奥へ魔力を寄せる。
熱が集まる。前より自然だ。喉の奥で散らない。そのまま細くまとまる。
氷棺へ向ける。
吐いた。
白い熱の筋が走った。
氷棺の表面へ当たる。霜がばっと散る。まわりの空気が揺れる。床の氷片が弾ける。
それだけだった。
傷がない。
曇っただけだ。
普通の氷塊なら、今ので砕けていた。
でもこいつは、表面を少し白くしただけで終わる。
普通の氷じゃない。
龍ごと封じるための何かだ。
◇ ◇ ◇
もう一度はやらない。
今ので十分だ。
竜息で無理なら、今の俺で壊せるわけがない。
取れない報酬を前にしても、焦ってもしょうがない。
場所は分かった。
氷棺も、封じられた龍も、ここにある。
今は先へ行く。
部屋の奥へ目をやる。氷棺の向こう側にも、黒玻璃の通路がまだ続いていた。




