第088話「幼竜」
99%。
もう、数字の問題じゃない。
喉の奥はまだ熱い。鱗の下もずっと脈を打っている。少し落ち着いたと思っても、白金色の骨列を前にするとまた引っ張られる。
来た。ようやく本命だ。
◇ ◇ ◇
食える場所へ頭から入った。
ためらわない。牙を深く差し込む。前に試した時より深い。さっき削ったところより、さらに奥まで入る。
入った瞬間、熱が爆ぜた。
喉の奥が焼ける。鱗の下の脈が一斉に跳ねる。竜威が漏れる、なんて軽い話じゃない。体の中で圧そのものが膨らんだ。MPも一気に持っていかれる。
やばい。
取り込めたんじゃない。入りすぎた。
白い霜がざっと浮き、黒玻璃の床が細く鳴る。視界の端で通知が弾けた。だが見慣れた並びじゃない。進化先を選ぶ表示が出ない。文字が潰れる。
『竜因子を確認しました』
『系統進化を開始します』
その前に、体の方が先に軋んだ。
◇ ◇ ◇
背骨が持ち上がる。
胴の前半が勝手に反る。肋の並びが内側からずれる。顎が軋み、喉の奥に太い熱の通り道が無理やりねじ込まれる。
痛い。
止まらない。
肩の内側が膨らんだ。次の瞬間、鱗を押し割って前脚が突き出る。爪が黒玻璃を引っかいた。
そこでやっと分かった。
もう前までの形じゃ済まない。
腹の後ろでも骨がずれた。腰の位置が変わる。後脚まで生える。
四肢だ。
ほんとに来た。
前脚と後脚。
これ、少しだけ人間っぽくなったな。
前世を思い出す。
もちろん顔も尾も全然違う。戻ったわけでもない。けど、腹だけで這うしかなかった時より、ずっと「立つ側」の体だ。
腹で這おうとして、ずれた。胸が先に浮く。重心が高い。前脚の置き場が合わない。いつもの角度で頭を振っただけで、肩から床にぶつかった。
高い。
視界の高さがもう違う。
さっきまで腹に張り付いていた黒玻璃の筋が、一段下にある。白金色の骨列の流れも、その奥に集まる圧の筋も、前よりはっきり見える。なのに、その見え方に体が追いつかない。
◇ ◇ ◇
変化はまだ終わらない。
喉の奥で熱がまとまる。前みたいに暴れて漏れる感じじゃない。鱗の下へ沈んで、体の芯に収まっていく。竜威が前よりずっと近い。
その代わり、喉の奥の別の熱が濃い。
吐けそうだ。
たぶん、今なら竜息も出る。
前脚を一歩出すだけでまだずれる。
立ち上がろうとして、またよろけた。後脚が遅れる。尾が思ったより重い。胴をしならせて進むつもりで力を入れると、今度は胸が先に浮いて前へ滑った。
力はある。
前脚を軽く掛けただけで、爪が黒玻璃へ深く入る。息を吸っただけで、胸の広がり方まで前と違う。
でも、動かし方が分からない。
前の体の延長じゃない。
もう蛇の体じゃない。
◇ ◇ ◇
一度だけ、空洞の先を見た。
今までより奥が見える。黒玻璃の継ぎ目。白金色の骨の流れ。圧が集まっている場所。前は霧の向こうでぼやけていたものが、今は筋で分かる。
進める。
ただ、まだこの体は自分のものじゃない。前脚を置くだけで半歩ぶれる。ここで無理に走ったら、自分から転ぶ。
その時、遅れて通知が落ちてきた。
『鑑定がLv3に上昇しました』
『捕食継承がLv2に上昇しました』




