第085話「奪い合う者」
蛇王因子。
王、か。
竜因子と並ぶ名前なのも引っかかる。関係あるのか、ただ偉そうなだけなのかは分からない。説明も出ない。
けど、見た瞬間に腹の奥がひやっとした。
ハイバミが先に動く。
飛びかかるんじゃない。低いまま滑り、白金色の骨列と俺の間へ太い胴を通した。広く取りに来ない。骨の手前、霜が薄い場所だけを先に塞いでくる。
◇ ◇ ◇
黒玻璃の縁を蹴る。雷走。
右から回り込み、鼻先へ帯電鱗を擦る。そのまま喉元へ入るつもりだった。
だが、灰色の頭がもうそこにあった。
速い、というより先回りされている。俺が曲がる前に、ハイバミの頭がもうそこにあった。
白い火花が鼻先で散った。短放電も入った。効いてる。けど、下がり方が浅い。
ハイバミは少しだけ頭を振り、そのまま胴を返してきた。尾が腹を薙ぐ。ぎりぎり避けても、風圧だけで体が横へ流されそうになる。
キツい。
◇ ◇ ◇
視線が合うたび、腹の奥が妙に冷える。
怖いのはある。けど、それだけじゃない。踏み込もうとした瞬間に、体が勝手に止まりかける。毎回ほんの少しだけ、足が遅れる。
雷走に入る前の腹が、毎回ほんの少しだけ遅れる。
これか、蛇王因子。
名前だけじゃない。ちゃんと厄介だ。
◇ ◇ ◇
もう一度回る。
今度は左。骨列の影へ頭を入れ、胴へ巻き付きに行く。正面が固いなら、体勢ごと崩す。
入る、と思った瞬間、下から頭が来た。
噛まれる。
顎を上げて避けた。牙は外れたが、首の横を灰色の鱗が擦る。そのまま太い胴が体を巻きに来る。力任せじゃない。こっちが逃げる方を先に塞いでくる。
短放電を胴へ流し、黒玻璃の縁へ無理やり滑り戻った。
また追ってこない。
すぐ骨の前へ戻る。
そういうことか。
◇ ◇ ◇
こいつ、骨の全部を守ってるわけじゃない。
昔の食い跡が集まった場所。霜が薄くて、少しだけ削れそうな筋。そこへ近づいた時だけ、動きが露骨に速くなる。
食える場所を知ってる。
しかも、絶対に寄せないつもりでいる。
雷は通る。速さでも先に触れることはできる。
でも、この圧を受けたままだとその先が続かない。先に触れても、押し切る前に返される。
◇ ◇ ◇
尾が来た。
今度は避け切れない。腹を打たれ、白金色の骨列の手前まで転がる。
近い。
起き上がるより先に、ハイバミの頭が真上から落ちてきた。
そのまま食われる距離で、顎を支点に体を返す。牙が、さっき自分で噛んだ傷へ浅く当たった。
ひりついた。
喉の奥が一瞬だけ熱くなる。次の瞬間、空気がごく薄く沈んだ。
ハイバミの頭が止まる。
ほんの一瞬だけ、さっきまで腹を冷やしていた嫌な圧が薄くなった。
その隙で黒玻璃の縁まで逃げる。
間に合った。
今の一瞬がなければ、噛まれてた。
◇ ◇ ◇
やっぱりあれだ。
先にどうにかするのは、速さでも雷でもない。この圧だ。これが残ったままだと、最後まで押し切れない。
でも、さっき噛んだ骨の傷へ牙が触れた時だけ、こいつの圧が返った。
ハイバミが食える場所を必死に押さえるのも、多分それだ。
白金色の骨列、その中でもさっき自分が噛んだ古い傷へ目を戻す。
次に取りに行くのは、頭じゃない。
先にあそこだ。
骨ごと使う。




