第084話「最初の恐怖」
這う音が、もう一段近づいた。
黒玻璃の縁へ腹を押しつけたまま、霜の幕の向こうを見る。
まず見えたのは頭だった。灰色。平たく低い。次に首、その後ろの太い胴が、長く遅れて続く。
知ってる。
太い。速い。静かだ。脚の音がないから、気づいた時にはもう近い。あの日と同じ嫌さが、腹の奥へ一気に戻った。
第1層の右ルートで俺を追い回した、あの灰色の大蛇だ。
◇ ◇ ◇
だが、昔のままじゃない。
太い。前に見た時より、はっきり太い。灰色の鱗の縁には白い霜が薄く噛み、首の横には黒玻璃で擦れたような古い傷が走っている。この奥まで来て、こいつも止まらず食っていたらしい。
こっちも同じだ。
見た瞬間に固まるほど弱くはない。
腹の奥はまだ冷える。昔の嫌さはちゃんとある。けど、その冷えのまま、逃げ道より先にどこへ噛み返すかを見ていた。
違う。
今は逃げるだけの側じゃない。
◇ ◇ ◇
灰色の大蛇は、すぐには飛びかかってこなかった。
頭を少しだけ持ち上げ、空洞の匂いを舐める。俺を見る。次に竜骨本体を見る。もう一度、俺を見る。
それで分かる。
こいつは俺を追ってきたわけじゃない。
漏れた圧と、竜骨本体に引かれて来た。その途中で、邪魔な俺がいた。それだけだ。
つまり、同じ獲物を見てる。
◇ ◇ ◇
灰色の頭が骨へ寄った。
その動きで、白金色の表面に残っていた浅い傷が見えた。噛み跡だ。骨の端を削ろうとして失敗したような、細く長い筋。刻印の広間で俺がつけた打痕とは形が違う。
あれ、こいつの歯だ。
前から狙っていた。
俺が来る前から、この本体に寄っていた。ついに同じ場所へ届いて、ここで鉢合わせた。それだけだ。
だったら、ここはもう白層の奥じゃない。
竜骨争奪戦の場だ。
◇ ◇ ◇
灰色の大蛇が、骨の手前へ頭を差し込む。
譲れない。
黒玻璃の縁を蹴った。雷走。
昔なら見えた瞬間に逃げていた距離へ、自分から入る。灰色の頭の前へ滑り込み、帯電鱗を乗せた胴を鼻先へ擦る。白い火花が短く跳ねた。
次の瞬間、灰色の胴が返る。
速い。
凍った面ごと薙ぎに来た尾を、半歩だけずらして避ける。骨の近くじゃなければ、そのままもう一手入れた。だが今ここで押し合えば、竜骨ごと砕きかねない。
短放電だけ流して、黒玻璃の縁へ戻る。
灰色の大蛇も深追いしない。
頭を引き、今度は俺の方をまっすぐ見た。前みたいな「小さい獲物を見る目」じゃない。痺れを受けた鼻先を一度だけ振り、距離を測り直している。
向こうも分かったはずだ。
前の弱い蛇じゃない。
◇ ◇ ◇
空洞の中で、少しだけ間ができた。
俺は黒玻璃の縁。向こうは竜骨本体の反対側。間にあるのは、白金色の骨列だ。
灰色の大蛇は骨を見た。
次に俺を見た。
こっちも同じだ。
最初の恐怖が戻ってきた。腹の奥が嫌な形で冷える。だが、その恐怖はもう「見つかったら終わり」の意味じゃない。
こいつのせいで、逃げる以外の手が欲しくなった。
こいつに追われたから、食って増える側に回ろうと思った。
だったら今は、怯えるだけで終わる相手じゃない。
◇ ◇ ◇
灰色の大蛇が、ゆっくり頭を持ち上げた。
竜骨本体と俺を交互に見る。
奪う気だ。
なら、こっちも譲らない。
白層主は倒した。
でも本命の骨は、ここから奪い合いだ。
鑑定を向けた。
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種族:ハイバミ
Lv:16
【スキル】
締め付け Lv4 / 毒牙 Lv3 / 壁走り Lv3
冷気耐性 Lv2 / 掘削 Lv2 / 嗅覚強化 Lv2
圧感知 Lv1
蛇王因子
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