第083話「竜骨の本体」
砕けた棚の向こう、ブリザードバジャーが何度も出入りしていた黒玻璃の継ぎ目へ腹を入れた。
まだ冷えている。けど、もう標本庫の冷気じゃない。あっちの「止まったやつを拾う」感じが薄い。白い霧も浅く、その代わり乾いた匂いが鼻の奥に残った。
生き物の気配も急に減る。
這った跡はある。爪痕もある。だが食う側の匂いがない。ここから先は、白層の狩り場の続きじゃないらしい。
◇ ◇ ◇
継ぎ目を進むほど、霜の下に白金色の欠片が増えた。
小さい破片だけじゃない。骨みたいな筋、鱗みたいな薄板、節のある硬い列が、氷と黒玻璃の間から何本も覗いている。白層の壁に埋まっていたのは、散った欠片じゃなかった。
途中で、通路が少しだけ開けた。
そこで止まる。
広い。
だが吹き抜けじゃない。白層みたいな風の抜けもない。冷えているのに乾いていて、長く閉じていた空洞の匂いがした。
その空洞の奥で、白金色の骨が折り重なっていた。
一本じゃない。
太い弧が何本も並び、その奥に節のある長い列が続いている。黒玻璃の床へ沈み、壁を貫き、氷の下でもまだ続いていた。刻印の広間で壁から出ていた竜骨は、この連なりの端をほんの少し見ていただけだ。
これだ。
欠片でも、突き出た一部でもない。
竜骨の本体だ。
◇ ◇ ◇
近づいただけで、体の奥がざわついた。
喉の奥に、竜息の熱が薄く溜まる。鱗の下では、帯電鱗とも冷気耐性とも違う脈が走る。竜威の方が、勝手に起きかけてる感じがした。
竜因子だけは相変わらず意味不明だ。なのに、こういう時だけ一番深いところで脈を打つ。気味が悪い。
通知は来ない。
説明は出ない。けど体はもう反応していた。
◇ ◇ ◇
まずは噛めるかだけ見る。
白金色の骨列の手前、霜が薄く、昔ついたらしい傷が残っているところへ頭を寄せた。前に刻印の広間で削った時より、今は牙も顎もだいぶ強い。
試しに噛む。
入った。
前より深い。
骨を噛んでいるはずなのに、歯の先で軋むのは硬さだけじゃない。中に詰まった何かまで、一緒に削っているみたいな変な手応えがある。
うわ、これだ。
普通の骨じゃない。
圧そのものを噛んでる感じがする。
◇ ◇ ◇
その瞬間、喉の奥がひりついた。
熱い。
竜息の熱が一段濃くなり、鱗の下がどくんと脈を打つ。次の瞬間、空気が少し沈んだ。
白い霜が、音もなく震える。
使った覚えはない。
竜威を通した時の、あの重いMPの抜け方でもない。もっと薄い。なのに圧だけが先に漏れた。
今のはまずい。
骨を噛んだだけで、こっちから漏れた。
すぐ牙を離す。
だが、空洞の空気はまだ少しだけ重いままだった。
◇ ◇ ◇
その沈み方に、返事みたいな音が来た。
ずる、と長いものが氷を擦る音。
ブリザードバジャーじゃない。爪で削る音じゃなく、もっと低くて長い。這う音だ。
遠い。
だが、まっすぐこっちへ向きを変えたのが分かった。
黒玻璃の縁へ腹を戻し、空洞の奥を見る。霜の幕の向こうで、岩みたいな灰色の胴が一度だけ返った。太い。長い。頭も尾も見えない。それでも分かる。
大蛇だ。
しかも、ただ通ったんじゃない。
漏れた圧に反応して、竜骨の方へ来ている。
白層主を越えたら終わりだと思っていたが、全然違った。
この本体を狙っているのは、俺だけじゃない。
空気はまだ少し沈んでいる。
灰色の大蛇の這う音が、今度ははっきり近づいた。
来た。




