第082話「ブリザードバジャー」
ブリザードバジャーの白い巨体が、凍結標本庫へ踏み込んできた。
今度は逃げない。
凍った面へ腹を乗せる。冷たい。キツい。だが前みたいに、その瞬間終わりではない。冷気耐性Lv2で、遅れながらも返す一手が残る。
来い。
◇ ◇ ◇
前脚が黒玻璃を噛んだ。
そこだ。
短放電を重ねた。白い火花が爪の根元を走る。前脚が少しぶれたところで、雷走で横へ抜ける。凍った面の上でもまだ動ける。遅いが間に合う。
喉下を浅く裂いた。
霜の薄いところに、牙がちゃんと入る。深くはない。だが毒は通った。
ブリザードバジャーが吠える。前脚を振り抜きながら、凍った岩棚ごと横へ薙いだ。
もう一度、黒玻璃の継ぎ目へ乗る。
冷気の強い切り替わりが来る。踏み込みも来る。なら、次も同じだ。
◇ ◇ ◇
読みは通った。
冷気が太くなった瞬間、白い巨体がもう一段深く来る。そこへ帯電鱗を乗せた胴を前脚へ擦りつけた。びし、と痺れが走る。肩が半歩だけ沈む。
その少しのズレで十分だった。
雷走。
凍った面を斜めに切り、喉下へ潜る。今度は毒牙を横へ長く通した。白い霜の下から血が出る。
いける。
前とは違う。冷える。遅れる。けど戦いになってる。俺が必死に辿っていた線が、今はちゃんと勝ち筋になっている。
◇ ◇ ◇
だが、ブリザードバジャーはそこで狩り方を変えた。
標本庫の奥へ戻る線を守るみたいな動きを、急にやめた。
前脚が棚の縁を深く抉る。ごり、と黒玻璃ごと削れた。次の瞬間、そのまま横殴りに払う。凍った岩棚が砕け、積まれていた死骸が崩れた。
標本庫ごと潰す気だ。
まずい。
こっちの動きを読まれたんじゃない。読んだ上で、通り道ごと壊しに来た。
黒玻璃の継ぎ目が一本割れる。冷気の吹き上がりも、今までと違う場所から来る。足場も冷気の流れもまとめて狂う。
雷走で逃がした腹が、空を切った。
次の瞬間、凍った面の中央寄りへ転がされていた。
◇ ◇ ◇
キツい。
黒玻璃が遠い。
起き上がる前に、白い巨体が来た。前脚が胸の上へ落ちる。重い。近い分だけ冷気も重い。息が詰まる。
帯電鱗をぶつけた。
通る。
短放電も流した。
通る。
でも止まらない。
ブリザードバジャーは痺れた前脚ごと押し込んできた。冷気の強い切り替わりまで重なり、腹の下から熱が抜ける。
熱体。
喉と腹の下にだけ通す。霜が一瞬だけ緩む。だが軽くはならない。誤魔化せるのは冷え方だけで、押し潰す重さまではどかせない。
前脚が少し浮いた。
仕留めに来る角度だ。
次の一撃で、喉を砕かれる。
◇ ◇ ◇
竜威。
頭に浮かんだ瞬間、腹の奥が嫌な重さで沈んだ。
MP30。自分も1秒止まる。
主力じゃない。切り札でもない。使いこなせない大博打だ。
この距離で撃てば、向こうが止まる前に俺ごと噛み砕かれるかもしれない。
でも、他にない。
ブリザードバジャーが体を沈めた。喉を噛み砕くための踏み込みだ。
その至近距離で、竜威Lv1を発動した。
MP30がまとめて消えた。
体の奥から、あの嫌な圧が一気に広がる。空気が歪む。凍結標本庫の白い霧が、見えない手で押されたみたいに揺れた。
ブリザードバジャーの動きが止まった。
俺の体も止まる。
首から尾の先まで固まった。最悪だ。胸に前脚の重さが残ったまま、何もできない。
1秒。
短い。だが長い。
体が解けた。
ブリザードバジャーは、まだ止まっていた。
◇ ◇ ◇
今だ。
熱体を牙の付け根へだけ通す。
前脚の内側を滑り、喉下へ潜る。霜の薄いところが、今は隠れていない。
帯電鱗。
毒牙。
根元まで入った。
深い。
そのまま首の付け根へ半身を引っかける。全部は巻けない。だがずらすには足りる。止まった巨体の体勢を、棚の割れた縁へ半歩だけ押した。
短放電を傷の中へ流し込む。
喉の奥で、白い火花が跳ねた。
ブリザードバジャーが硬直から抜ける。暴れた。凍った岩棚へ叩きつけられる。鱗が軋む。だが、もう離さない。
喉の傷から白い血泡が噴いた。
前脚が黒玻璃を空振る。
もう一瞬止まるとか、そういう長さじゃない。
踏ん張りそのものが消えた。
最後に、短放電をねじ込む。
傷の中で雷が暴れ、巨体が横へ崩れた。
◇ ◇ ◇
動かない。
凍結標本庫を支配していた冷気が、一段だけ薄くなった。白い霧の流れが変わる。さっきまで中央を踏んだ瞬間に奪われていた熱が、少しだけ戻る。
倒した。
白層の主だ。
◇ ◇ ◇
喉下へ、そのまま噛みついた。
うまい。
脂が重い。冷たいのに濃い。今まで食ったどの寒冷個体より、はっきりこの層の中心に寄っている味がする。
通知が鳴った。
『レベルが上がりました Lv12 → Lv13』
『レベルが上がりました Lv13 → Lv14』
来た。
主を食った。
ステータスを開いた。
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種族:雷鱗蛇
Lv:14
HP:138 / MP:102
攻撃力:72 / 防御力:62
素早さ:96 / 知力:82
【スキル】
捕食継承 Lv1 / 毒牙 Lv3 / 締め付け Lv2
鱗硬化 Lv2 / 壁走り Lv3 / 振動感知 Lv3
熱感知 Lv2 / 外殻粉砕 Lv2 / 毒液圧縮 Lv1
酸耐性 Lv1 / 粘着無効 Lv1 / 毒霧 Lv1
鱗弾き Lv1 / 急旋回 Lv1 / 嗅覚強化 Lv1
反響定位 Lv2 / 鑑定 Lv2 / 反響撃 Lv1
魔力操作 Lv2 / 竜威 Lv1 / 竜息 Lv1
熱体 Lv1 / 殻硬化 Lv1 / 帯電鱗 Lv1
雷走 Lv1 / 短放電 Lv1 / 冷気耐性 Lv2
冬眠 Lv1
竜因子
次の進化まで:58%
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14。かなり伸びた。
進化まではまだ半分ちょいある。けど、主一体でここまで乗るならかなりいい。
その代わり、奥から来る圧が一気に濃くなった。
◇ ◇ ◇
ブリザードバジャーが何度も出入りしていた奥の線へ顔を向けた。
黒玻璃の継ぎ目が、砕けた棚の向こうへまだ続いている。霜の下には青い筋が残り、その先で白金色の欠片が鈍く光っていた。
乾いた古い匂いが来る。
刻印の広間で触った竜骨に似た、あの圧も混じっている。
似ている、で済ませるにはもう濃すぎた。
こいつが守っていたのは餌場だけじゃない。
その先だ。




