第072話「インフェルノリザード」
もう待てない。
昨日、あの人間たちは第4層の方向を指して地図を広げた。距離の問題じゃない。時間の問題だ。層主を残したまま足踏みしていたら、そのうち後ろまで来る。
人間が来る前に、この層の主を食って越える。
◇ ◇ ◇
天井を60メートル地点まで進んだ。
振動感知が、奥から5秒のリズムを拾っている。インフェルノリザードだ。昨日までに見た予備動作は覚えている。5秒の断絶、2秒の沈黙、床面の波紋。そこから天井へ来る。
問題は、その3秒で何ができるかだ。
55メートルまで縮めた。
向こうが先に反応した。熱感知の中で、頭が持ち上がる。首が一段だけ傾いた。
灼熱噴射が来た。横に薄く広がる火の帯が、天井と床の中間を舐めるように走って壁へ叩きつけられる。俺には届かない。
もう一度来た。今度は仰角を変えてきた。火線が天井寄りを薙ぎ、体を左へ振った尾の先を熱が掠めた。
読める。
噴射の直前、首が一段落ちる。それが予告だ。3日分の観察で得たのがこれ一行か、と言われると少し泣きたくなるが、使える一行なら十分だ。
◇ ◇ ◇
5秒のリズムが途切れた。
2秒の沈黙。床面に波紋。
来る。
天井の継ぎ目へ寄った。尾と胴の半分以上を、古い亀裂へ押し込む。
重震。
床が鳴り、壁が揺れ、天井の張り付きが一瞬緩んだ。だが剥がれない。亀裂の中は振動が逃げる。これも昨日までに拾った答えだ。
……だが、甘く見ていた。
重震の揺れが止まる前に、インフェルノリザードがもう一度首を上げた。直後に灼熱噴射。熱と振動が続けて来る。
まずい。壁走りが半拍遅れた。火線が腹側の近くを通る。熱い。しかも天井もまだ揺れている。第4層はやっぱり床だけが敵じゃない。天井も安全じゃない。
離れた。息を整える。
格上だ。
正面からやったら焼かれて終わる。
◇ ◇ ◇
45メートル地点まで下がりながら、地形をもう一度見る。
右壁に石の棚。中央に振動が逃げる継ぎ目。左側の床には、熱で脆くなって裂けた足場。
使うのはここだ。
重震を空打ちさせる。空振りさせるんじゃない。置く場所を間違えさせる。
◇ ◇ ◇
インフェルノリザードを引いた。
灼熱噴射が来る。首の傾きで読んで右へずれる。次は仰角が高い。熱体を発動して、体表の熱負荷を少しだけ下げながら位置を変える。
熱体をここで切るのは惜しい。だが使わないで削られる方がまずい。
30メートル。
ここで別の手が頭をよぎった。竜威。あの圧を正面からぶつければ、止まるかもしれない。
だが却下だ。
今の体じゃ、あれは切り札であって武器じゃない。ここで撃って倒せなかったら、その次がない。
使わない。
5秒のリズムが途切れた。2秒の沈黙。床面に波紋。
来る。
石の棚に体を巻きつけた。継ぎ目の真上に、わざと一瞬だけ影を残す。
インフェルノリザードが前脚を振り上げた。
今だ。
半歩ずれた。継ぎ目から棚へ体を逃がす。
重震。
巨体の前脚が継ぎ目の真上を叩いた。振動が真下へ割れて逃げる。裂けた足場の片側が崩れた。体勢が前へ落ちる。首が下がる。
熱体を噛みつく直前だけ発動し、喉下へ斜めに入る。毒牙を通し、そのまま外殻粉砕を一点だけ叩き込んですぐ離脱した。
長居はしない。入って、通して、離れる。それだけだ。
◇ ◇ ◇
灼熱噴射が来た。
だが照準がずれている。壁面を焼いて終わった。
効いている。
毒だけじゃない。喉下の一点に入れた傷が、踏ん張りの邪魔をしている。
待った。
5秒のリズムが戻る。断絶のあと、床面に波紋が広がる。
重震が来る。
……いや、来ない。
予備動作だけ入って、止まった。体勢を保てていない。毒が回っている。
もう一度降りた。今度は腹側だ。熱体を再発動。腹の柔らかい方へ、毒牙と外殻粉砕を短く通して即離脱。
通路の中央へ戻る前に、尾が薙いだ。危ない。掠めた。
だが遅い。
インフェルノリザードの踏ん張りが落ちている。重震の精度も落ちている。もう一回、継ぎ目の上で空打ちさせれば終わる。
◇ ◇ ◇
最後の一回を待った。
5秒の断絶のあと、床面に波紋が広がる。
継ぎ目の左に体を置いた。インフェルノリザードが追う。右前脚が上がる。
———そこでずれる。
棚へ逃がした。
重震が継ぎ目に落ちた。裂けた足場が耐えきれずに崩れる。前脚が沈む。巨体が前に倒れた。喉下が開く。
熱体。
喉下へ潜る。
毒牙を押し込み、同時に外殻粉砕を喉の内側へ叩き込む。
離れる。
インフェルノリザードの巨体が一度だけ跳ねた。灼熱噴射の構えは入ったが、角度が地面へ落ちた。溶岩の縁が赤く爆ぜる。
そこで止まった。
◇ ◇ ◇
10秒、20秒と待っても、振動感知に5秒のリズムは戻らない。
よし、倒した。
第4層の主だ。これはでかい。
◇ ◇ ◇
食った。
でかくて長い。食い終わるまでに時間がかかる。途中で、相手の方がまだ俺より大きかったことを思い出した。改めて考えると、だいぶおかしい戦いだった。
通知が鳴った。
『Lvが上がりました』
『Lvが上がりました』
よし、二つ。
HPでもMPでも、ここで伸びるなら意味がある。反響撃をあと一発撃てるだけでも違うし、熱体をもう一回使えるだけでも、第4層の取り方は変わる。
さらに食った。
え、うま。
何だこれ。めちゃくちゃうまい。さすがボスだ。
ステータスを開いた。
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種族:魔蛇
Lv:6
HP:92 / MP:63
攻撃力:48 / 防御力:45
素早さ:41 / 知力:49
【スキル】
捕食継承 Lv1 / 毒牙 Lv3 / 締め付け Lv2
鱗硬化 Lv2 / 壁走り Lv3 / 振動感知 Lv3
熱感知 Lv2 / 外殻粉砕 Lv2 / 毒液圧縮 Lv1
酸耐性 Lv1 / 粘着無効 Lv1 / 毒霧 Lv1
鱗弾き Lv1 / 急旋回 Lv1 / 嗅覚強化 Lv1
反響定位 Lv2 / 鑑定 Lv2 / 反響撃 Lv1
魔力操作 Lv1 / 竜威 Lv1 / 竜息 Lv1
熱体 Lv1 / 殻硬化 Lv1
竜因子
次の進化まで:82%
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82%。でかい。
層主一体でここまで積めたのはかなりいい。あと二割弱。奥で一段積めば、次が見える。
……そこで違和感が来た。進化率の伸び方がおかしい。
ボスを食った後の増え方としても、妙に大きい。見間違いかと思って、もう一度確かめた。82のまま変わらない。
……何でだ。
理由は分からない。インフェルノリザードが特別だったのか。それとも別の何かか。
断定はできない。
だが今回だけ妙に伸びた。それだけは確かだった。
◇ ◇ ◇
層主の縄張りの奥へ進んだ。
通路の色が変わる。黒い。ただ焼けた色じゃない。いったん溶けて、それがそのまま固まったみたいに、壁も床も黒く艶を失っている。溶岩の赤とは違う。
熱感知を最大にした。
奥から来る空気が違う。熱の質が違う。赤い熱の中に、青白い火花みたいな点が混じっている。
第4層の続きなのに、空気が別物だった。
遠くで小さく崩落音がした。第3層側だ。人間か、重震の残りか。どちらにせよ、今はまだここにいる。
第4層は越えた。
だが第4層の奥は、まだ別物だった。




