第056話「帰還報告」
灰牙の迷宮管理ギルド、フェルスト支部。
カイルは受付の前で報告書を提出した。3枚の定型用紙に、走り書きが詰まっている。リーナが横で腕を組み、マルトが長椅子に座って右膝を伸ばしていた。
受付のベルタが用紙をめくった。途中で、紙をめくる手が止まった。
「先行調査員のハインツについて。捜索結果は、未発見」
「南東区間の奥に進入したところで、大型個体の巡回に遭遇した。巡回の通過を待って前進したが、ハインツの装備も遺体も見つからなかった。痕跡だけはあった」
「痕跡というのは」
「棚の端に、剣帯の金具が落ちていた。ハインツの装備と同型のものだ。周囲の泥底に引きずった跡があった」
ベルタがメモを加えた。引きずった跡。その意味を、受付も理解している。
「ハインツの件は、行方不明から殉職扱いに切り替えます。ご遺族への通知は支部長から行います。それと、こちらの記述ですが」
2枚目の用紙を指で示した。
「第2層の生態系に変動あり。未記録の大型蛇型魔物を確認。具体的にはどういう状況でしたか」
カイルはリーナに目を向けた。
「私から話すわ」リーナが受付の前に立った。「泥底に幅の広い蛇行痕があった。第2層に記録されている蛇型、モスバイパーやヌマヘビの痕跡とは明らかに太さが違う。3メートル以上の個体。それが、私たちの野営地の近くを複数回通過していた」
「複数回?」
「痕跡の重なりから判断して、少なくとも3回。しかも、棚の上にいる私たちの位置を避けるように迂回していた」
ベルタの眉が寄った。
「迂回。こちらの位置を把握していた、ということですか」
「そう。探知を飛ばした時に一度だけ反応を拾った。反応の質が普通の魔物と違った。魔力の密度が第2層の標準よりかなり高い」
マルトが長椅子から口を開いた。
「俺は1回だけ、気配を感じた。棚の下の暗がりに、大きな蛇型の反応があった。攻撃してくる気配はなかったけど、こっちの動きを見ていた感じがした」
ベルタが記録棚から灰牙の迷宮の魔物一覧を引き出した。第2層のページを開く。
「第2層の蛇型は二種。モスバイパー、ヌマヘビ。いずれも全長1メートル前後です。3メートル超の蛇型は記録にありません」
「だから報告している」とカイルが言った。「生態系の変動と合わせて考えると、下の階層から上がってきた種か、あるいは第2層内で異常成長した個体の可能性がある」
ベルタが用紙をまとめた。
「最近、他のパーティからも報告が上がっています。泥沼域の奥は以前と様子が違う。蟲系の個体が減って、大型の捕食者が増えている。食物連鎖の上位が入れ替わっている、と」
「それはいつ頃から」
「数週間前からです。時期的には、ハインツが消息を絶った頃と重なります」
沈黙があった。
カイルが口を開いた。
「ベルタ。この件はC級の俺たちでは手に負えない。B級パーティに調査依頼を出すべきだ」
「私の判断では出せません。支部長のヴェルナーに上げます。ただ……」
ベルタが声を落とした。
「フェルスト近辺で動けるB級パーティは、今は一組しかいません。ランドルフ班です。彼らが受けてくれるかどうか」
「受けなかったら?」
「本部に上申して、他支部から回してもらうことになります。早くて1か月」
1か月。その間に迷宮の中は変わり続ける。
リーナが受付の掲示板を見た。第1層の採取依頼と、第2層の巡回警戒依頼が一件。深層への進入依頼は出ていない。
「この迷宮、最近は2層から先に行くパーティが減ってるわね」
「ええ。定期的に第2層に入っているのは、カイルさんたちを含めて二組だけになりました」
二組。小規模な迷宮とはいえ、少なすぎる。
「ヴェルナーに伝えてくれ。未記録の大型種がいる。知能が高い。巡回している別の大型個体もいる。どちらも、C級では対処できない」
ベルタが頷いた。用紙を抱えて奥の扉に消えた。
カイルは受付ホールを出た。外の陽光が眩しかった。リーナとマルトが続く。
「カイル」リーナが声をかけた。「あの蛇、第2層に留まると思う?」
「分からない。ただ、あの動き方は成長途中だった。今も、強くなっている」
リーナは黙った。
マルトが松葉杖を突きながら言った。
「次に潜る時は、前より深い場所まで行くんですか」
「膝が治ってからな」
「治ったら?」
カイルは灰色の山肌に開いた迷宮の入口を見た。暗い穴が、昼の光を吸い込んでいる。
「行く」




