第120話「入口防衛」
入口の外で、タスクボアがまた牙を擦った。
黒玻璃は削れていない。だが、音が広間へ響くたびに避難民の肩が揺れる。
もう放っておけない。
入口前の牙獣をまとめて相手にする必要はない。最初に狙うのは、入口正面で体当たりを繰り返しているタスクボアだ。
猪型の牙獣を潰せば、入口へぶつかる音も減る。肉も多い。経験値も入る。
敵で、騒音源で、食料。
一匹三役だ。できれば履歴書に書いてほしくない有能さだが、今夜の俺にはかなりありがたい。
◇ ◇ ◇
俺はカイルに念話を送る。
『入口の正面から人を下げろ。俺がタスクボアを止める。誰も入口へ近づくな』
「分かった。入口の正面を空ける。全員、右壁と左壁へ寄れ」
カイルの声で、人が動いた。
怪我人と子供は右壁の奥へ寄る。荷物の前にいた若い男たちも、入口の正面から離れた。リーナは火の届かない位置で外の音を聞き、マルトは怪我人の横へ膝をつく。
ミラが子供の前へ出た。
「入口を見ないで。こっちを見ていて」
ミラのおかげで、子供の視線が入口から外れた。
これから俺は魔物らしく食う。子供の情操教育にはたぶん向いていない。
俺は入口の縁へ前脚を置き、コアへ意識を向けた。
入口を少しだけ広げる。
タスクボアの鼻先と牙だけが入る幅だ。胴体は入らない。肩も引っかかる。
外のタスクボアが鼻息を荒くした。
猪型の牙獣は、隙間を見てすぐ突っ込んできた。
◇ ◇ ◇
牙が入口へ入る。
次にタスクボアの鼻先が入る。
タスクボアの肩から後ろは入口へ入らない。
タスクボアの肩が黒玻璃の縁にぶつかり、突進の力が入口の縁で止まった。広い場所で走れば危ない突進も、入口の幅を絞ればただの押し込みになる。
俺は横へ避けない。
竜鱗装甲を前脚へ寄せ、タスクボアの牙の根元を上から押さえた。
タスクボアが首を振る。
牙が入口の横を払ったが、見張りは3メートル下がっている。誰にも当たらない。
読めていた動きだ。
俺は雷纏を前脚へ流し、タスクボアの鼻面を黒玻璃の縁へ叩きつけた。
電気が鼻先から首へ走る。
タスクボアの前脚が外の地面を掻いた。だが、胴体が入口へ入らないせいで踏ん張りが効かない。
タスクボアの喉へ頭を寄せる。
牙を首の下へ入れる。
硬皮が邪魔だ。だが、喉の下は肩より薄い。
毒牙を深く噛ませ、魔力を牙の接触面へ寄せる。
毒牙が喉の薄い部分へ通った。
タスクボアが暴れた。
鼻息が熱い。牙が黒玻璃を叩く。外のファングウルフが一斉に吠える。
だが、タスクボアの胴体は入口の外に残ったままだ。首を大きく振れない。こちらへ踏み込めない。
俺は噛みついたまま、雷纏をもう一度流した。
傷の中で電気が跳ねる。
タスクボアの脚が崩れた。
よし。
入口の幅で、突進を殺せた。
◇ ◇ ◇
タスクボアが倒れると、外のファングウルフが入口へ飛びついた。
俺は入口を一度狭める。
ファングウルフの頭は入らない。爪だけが黒玻璃を引っかき、火花みたいな音を立てた。
次に、入口をファングウルフの頭一つ分だけ開ける。
先に来たファングウルフが、反射で頭を突っ込んだ。
こういう時、群れで動く魔物は先頭が急ぎすぎる。後ろのファングウルフに押されて、前の一体だけが入口の縁へ首を乗せた。
俺は前脚を振り下ろす。
雷纏を乗せた爪が、ファングウルフの鼻面を打った。
ファングウルフの頭が下がる。
そのまま喉へ噛みつき、外へ引かれる前に入口の内側へ引き倒した。
二体目は、少し慎重だった。
だから、入口の幅をもう少しだけ広げる。ファングウルフが前脚を入れた瞬間、俺は横から首へ爪を入れた。
ファングウルフの前脚の爪を、竜鱗装甲を寄せた左肩で受ける。そのまま左肩から雷纏を流し、ファングウルフの前脚を痺れさせた。
ファングウルフの足がもつれたところで、喉へ毒牙を入れる。
入口の縁で、ファングウルフを二体仕留めた。
入口の外にいる牙獣はまだ残っている。だが、入口の前へすぐ飛び込む勢いは消えた。
左右の岩場でファングウルフが唸る。
入口正面に倒れたタスクボアの死骸が邪魔になり、外の牙獣はまっすぐ入口へ詰められない。
入口の幅を使う防衛は機能している。
入口を全開にしない。相手を一体ずつ入口の縁で止める。タスクボアのような突進役を先に潰せば、避難民まで爪は届かない。
防衛線としてはかなり使える。
◇ ◇ ◇
俺は入口を牙獣の頭が入らない幅まで狭めた。
外の牙獣はまだ吠えているが、すぐには入ってこない。
今のうちに食う。
タスクボアの首へ牙を入れ、肉を引き裂いた。
脂が濃い。
猪肉、普通にうまい。火を通せばもっと人間向けなのかもしれないが、今の俺は生肉でも問題ない。
肉が腹へどんどん入る。
腹の中へ熱が広がり、続けてファングウルフの肉も飲み込む。里の人たちが少し引いた気配はあるが、ここは許してほしい。
俺が食わないと、次にレオガルドが来た時に全員まとめて食われる側になる。
全員が食われる展開は嫌だ。
食う側でいたい。できれば、守る側にもいたい。
通知が来た。
『経験値を獲得しました』
『Lvが上がりました』
レベルが上がった。表示を見れば、Lv3まで届いているはずだ。
幼竜の1レベルは、相変わらず伸びが大きい。蛇だった頃なら、進化を一つ挟んだくらい数字が動く。
さらに通知が続いた。
『竜鱗装甲が硬皮を捕食しました』
『竜鱗装甲がLv2に上昇しました』
硬皮、ここで入るのか。
あの猪を先に食った判断は当たりだ。レオガルド相手に必要なのは、正面から殴り合う勇気じゃない。爪と牙を一発でも多く耐える装甲だ。
確認する。
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【ステータス】
個体名:アステル
種族:幼竜
Lv:3
HP:372 / MP:232
攻撃力:172 / 防御力:162
素早さ:160 / 知力:148
【スキル】
捕食継承 Lv2 / 毒牙 Lv3 / 締め付け Lv2
竜鱗装甲 Lv2 / 壁走り Lv3 / 振動感知 Lv3
熱感知 Lv2 / 外殻粉砕 Lv2 / 毒液圧縮 Lv1
酸耐性 Lv1 / 粘着無効 Lv1 / 毒霧 Lv1
急旋回 Lv1 / 嗅覚強化 Lv1 / 反響定位 Lv2
念話 Lv1
鑑定 Lv3 / 反響撃 Lv1 / 魔力操作 Lv2
竜威 Lv1 / 竜息 Lv1 / 熱体 Lv1
雷纏 Lv1 / 冷気耐性 Lv2 / 冬眠 Lv1
竜因子 / 蛇王因子
次の進化まで:13%
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Lv3。
HPも防御力も、しっかり跳ねた。竜鱗装甲もLv2になった。今夜の入口防衛だけなら、かなり余裕が増えた。
進化率は4%から13%。
タスクボアとファングウルフ二体で9%伸びた。入口前の群れは危険だが、同時に成長用の餌場でもある。
ただ、レオガルドにはまだ届かない。
今の伸びで分かる。入口前の牙獣を食えば強くなれる。だが、王を倒すには、ただ雑魚を数体食うだけでは足りない。
もっと質の高い獲物がいる。
群れを押すやつ。突進役より硬いやつ。レオガルドの近くにいる、もっと強い個体。
そいつらを食う。
◇ ◇ ◇
入口の外で、ファングウルフの唸り声が遠ざかった。
完全に逃げたわけではない。左右の岩場と低い斜面には、まだ足音が残っている。
だが、入口へすぐ飛び込む勢いはなくなった。
広間の奥で、子供の泣き声が少しずつ細くなる。ミラが小声でなだめ、エドルが祭壇の石片の前で祈りを続けている。
カイルが入口の死骸を見て、短く息を吐いた。
「入口で止められるなら、今夜はもつな」
『もたせる。外の牙獣は、俺が食える形で減らす』
「今のお前、守り神というより罠そのものだな」
『罠で合ってる。今夜は入口に近づいた牙獣から食う』
カイルは少しだけ笑った。
入口の外で、またファングウルフが吠える。
今度は、すぐに突っ込んでこない。
牙獣たちも分かったらしい。
この入口は、ただの隙間じゃない。
俺の牙が届く場所だ。
避難民を休ませる時間は作れた。
次は、朝までこの入口を餌場にする。




