第111話「王の声」
西の森の奥で、腹に響く吠え声が上がった。
吠え声は長くはない。
だが、それだけで次が来ると分かった。
里の空気が止まる。
槍を持っていた連中が一斉に西を見る。ミラも肩を揺らして、祭壇の前で息を止めた。カイルは剣の柄を握り直し、リーナはもう森へ目を向けている。
次の瞬間、森のあちこちから遠吠えが返った。
返ってきた遠吠えは一つじゃない。
西だけでも三つ、四つ。少し遅れて、もっと奥からも返る。
さっきみたいに腹を空かせた群れがばらばらに寄ってきた音じゃない。あの声を合図にして、まとめて動き出した音だった。
◇ ◇ ◇
土の震えも変わっていた。
揺れはまだ遠い。だが数は多い。
四つ脚がまとめて向きを変え、同じ方角へ揃ってくる時の揺れだ。
匂いも増えていた。狼、猪、その奥に混じるもっと濃い獣臭が、西の風に押されてこっちへ流れてくる。
群れが来る。
しかも、さっきより多い。
「今の、獣牙のやつか」
カイルの声は低かった。
「たぶんな」
俺が返すと、ミラがすぐこっちを見た。
「また来るの?」
「来る。さっきの残りじゃない。まとめて動き出した」
ミラの顔が強張る。だが逃げはしない。エドルも祭壇の前で目を細めたまま、西の森を見ていた。
◇ ◇ ◇
問題は、どこで受けるかだ。
柵の前で待つのはまずい。
さっきは猪が一体だったから止めきれた。だが、数を増やしてもう一度正面から入られたら、今度は柵だけじゃ済まない。家まで巻き込む。
「カイル」
「はい」
返事が速い。
もう、俺の声を聞いて構える段階は越えたらしい。
「怪我したやつと子供を奥へ下げろ。西の柵の前に人を固めるな」
「中で受けないのか」
「中で受けたら家が潰れる。俺は外に出る」
カイルは一瞬だけ迷ったが、すぐ頷いた。
「リーナ、森際の見張り。マルト、怪我人を先に下げる。俺は西の柵の前から人を引かせる」
言われる前から、リーナはもう西の木々の隙間を見ていた。マルトは顔を青くしながらも、倒れていた男の肩を抱えて奥へ下げ始める。
◇ ◇ ◇
ミラが俺のそばへ来た。
「アステル」
「なんだ」
「無茶しないで、は無理だよね」
それはそうだ。
ここで外へ出ない方が無茶だ。
「止める。森の手前で」
それだけ返すと、ミラは少しだけ口を結んだあと、小さく頷いた。
肩はまだ少し強張っている。
だが、もう目を逸らしてはいない。
◇ ◇ ◇
柵の外へ腹を出す。
西の森から流れてくる匂いは、さっきよりずっと濃い。振動も途切れない。もう集まり始めている。
柵の中で待つのはやめる。
次は森の手前で止める。
そう決めて、俺は西の道へ体を向けた。




