第109話「獣牙の影」
狼と猪の死骸が転がる柵の外は、もう静かだった。
ただ、静かなだけで終わらない。血の匂いの下に残っている別の獣臭が、まだ薄く消えずにいた。
まずは、最初に俺が叩き落とした狼型の牙獣を見る。
でかさは他の狼とそこまで変わらない。だが、牙が少し長い。首回りの毛も硬い。噛みついて前へ出るだけの雑魚なら、こうはならない気がした。
鑑定を向ける。
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種族:ファングハウル
Lv:10
【スキル】
噛みつき Lv2 / 群導 Lv1 / 嗅覚強化 Lv1
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群導。
これだ。
ただ噛みつく役じゃない。群れを前へ出す側だったらしい。
猪の方にも頭を向ける。
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種族:タスクボア
Lv:8
【スキル】
突進 Lv2 / 牙突き Lv1
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こっちは分かりやすい。突っ込んで柵を割る役だ。
狼が前へ散らし、猪が正面を割る。その形で押してきたわけだ。
自然に腹を空かせた群れがたまたま揃った感じじゃない。
後ろから、並べたやつがいる。
◇ ◇ ◇
カイルも、俺が見ていたファングハウルの死骸の前で止まった。
「やっぱり、ただの群れじゃないな」
「分かるのか」
俺が念話を返すと、カイルはもう驚かない。
「こいつはこの辺で勝手に増える狼じゃない。西の森で何度か見た。獣牙の方から流れてくるやつだ」
獣牙。
初めて聞く名だ。
だが、迷宮の名前っぽい。
エドルが柵の内側から続けた。
「昔からある。ここから西へ寄った森の奥だ。牙と獣の気配が濃すぎて、里の者は近づかん」
「迷宮が、もう一つあるのか」
外へ出てすぐこれだ。
名前が出たのはでかい。
面倒ごとではあるが、どこを探せばいいかはっきりした。
◇ ◇ ◇
リーナが少し離れた木の根元を指した。
「こっち」
地面に残っていたのは、狼でも猪でもない足跡だった。
肉球の跡が丸い。
その前に、爪が四本深く入っている。踏み込んだ場所は土がぐっと沈み、縁の土が外へ押し出されていた。狼より明らかに大きく、猪みたいに一直線へ地面をえぐってもいない。
四つ脚の大きい獣の足跡だ。
その跡が、群れの後ろから一度だけ里の前まで来て、そこで向きを返している。
「見に来てたってことか」
カイルの声は低い。
俺は足跡の横へ鼻先を寄せた。
匂いは、柵へ近づいたところで一度だけ濃くなっていた。
狼や猪みたいに走り抜けた匂いじゃない。そこで止まり、しばらく周りを嗅いでから向きを変えた残り方だ。
◇ ◇ ◇
「一体いたんだな。後ろで見てたやつが」
カイルがそう言って、木の幹に残った傷を見た。
地面からかなり高い位置まで、爪が四本入っている。
猪じゃ届かない。狼でも無理だ。
エドルが息を吐いた。
「最近は牙獣が里の近くまで来すぎていたが、ここまで大きいのまで来ていたか」
それだけで十分だった。
今日来た狼と猪だけを片づけても終わらない。
こいつらは前に出されただけだ。その後ろにいた一体は、柵の前まで来て里の様子を見たあと、森へ引いている。
◇ ◇ ◇
森の奥へ向き直る。
匂いはまだ続いていた。途切れていない。柵の前で向きを変えたあと、そのまま迷わず森の奥へ伸びている。
獲物を探してうろつく動きじゃない。里を見て、戻る道だけを選んでいる。
報せに行った。
カイルも同じ結論らしい。
「次は、群れだけじゃ済まないな」
それはそうだ。
今日の襲撃で終わりなら、わざわざ後ろに一体置かない。
森の奥へ残ったその匂いは、狼と猪の匂いよりずっと濃かった。
次に来るのは、あれより上だ。




