第108話「星骸の龍宮」
4月24日の投稿で107話と106話が同じ内容で投稿されていたため修正しました。
107話読んでない方はそちらからお願いします。
ミラがもう一度「アステル」と呼んだあと、今度は長老が前へ出た。
さっきまで黙って見ていた年寄りだ。小さい。細い。けれど、目だけは全然弱っていない。
そいつへ鑑定を向ける。
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名前:エドル
種族:亜人
Lv:6
【スキル】
祈祷 Lv1 / 祭壇知識 Lv1
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Lvは低い。
戦う相手じゃない。だが、見た目も立ち位置も、こいつがこの里の長っぽい。
エドルはミラの横へ立つと、俺を見るより先に祭壇を見た。
「……その名を祭壇の前で口にしたなら、隠しておく意味もないな」
カイルが眉を寄せる。
「隠す?」
エドルはうなずいた。
「外の者は、あの迷宮を灰牙と呼ぶ」
そこで一度、俺の方を見る。
「だが、それは外で付いた呼び名だ。本来の名は別にある」
◇ ◇ ◇
ミラが祭壇へ手を置く。
石の溝が、また薄く白く浮いた。
昼の明かりの下だと大して光らない。だが、線の並びは前より見やすい。
エドルの指が、その文字を順に追う。
「星骸の龍宮」
今度ははっきり言った。
ごまかしも、濁しもない。
カイルがすぐ祭壇を見る。リーナも弓を下ろしたまま、石の面へ目を寄せた。マルトはまだ少し顔をこわばらせているが、それでも聞き逃さなかったらしい。
「灰牙じゃ、ないのか」
カイルの問いに、エドルが短く返す。
「灰色の牙みたいな岩が多いから、外はそう呼ぶ。それだけだ。この里では、昔からこっちで伝わっている」
灰牙じゃなく、星骸の龍宮。
外の呼び方と、本来の名がずれていたわけだ。
王座の広間や刻印で見たものを思い返すと、そっちの方がしっくりくる。
ただの巣穴じゃない。
あの迷宮は、最初からこういう名で呼ばれる場所だったらしい。
◇ ◇ ◇
ミラが祭壇へ置いた手をそのままにして、小さく言った。
「じゃあ、アステルは……星骸の龍宮の竜なんだね」
そこは、まだ違う。
違うが、今この場で細かく切る話でもない。
『あの迷宮から出てきた。それは合ってる。』
返すと、ミラは少しだけほっとした顔になった。
カイルはそのやり取りを黙って聞いていたが、すぐに柵の外へ目を向けた。
「名前は分かった」
声が切り替わる。
「だが、先に見るのはこっちだ。この襲撃、普通じゃない」
それはそうだ。
俺も柵の外を見る。
倒れた狼。転がった猪。血の匂い。土のえぐれ方。ここまでは襲撃の跡だ。
その中に、別の匂いが薄く残っている。
狼でも猪でもない。
こいつらを後ろから押してきた、もっと強い獣の匂いだ。
◇ ◇ ◇
柵の外へ頭を出し、転がった猪の首元へ鼻先を寄せた。
血と土の匂いが強い。
その下に、別の匂いが残っている。
新しい。
近い。
牙獣どうしがぶつかった時の匂いじゃない。もっとはっきり押しつけたような匂いだ。首の毛も一部だけ逆向きに潰れている。
後ろから噛んだか、押したか。
とにかく、これを前へ出したやつがいる。
リーナも近くまで来て、地面を見た。
「足跡が変」
リーナの指先の先には、狼や猪が散らした跡とは別に、深く沈んだ跡が一つだけ残っている。
狼より明らかに大きい。
しかも、土が周りへ押し出されていた。踏んだやつの体重もかなりある。
しかも、群れの後ろから真っすぐ里の方へ入って、途中で止まっていた。
「見に来ただけ、か」
カイルが低く言う。
「いや」
鼻をもう一度上げる。
その匂いは、ここで終わっていない。
狼と猪が逃げた先へ、そのまま残っている。
群れに混じっていたんじゃない。
後ろから押して、様子を見て、先に戻った。
◇ ◇ ◇
エドルが柵の内側から森を見る。
「最近の牙獣は、前より寄り方がおかしい」
その声は低い。
「腹を空かせた獣が一匹二匹来るなら、まだ分かる。だが、この数で一度に来るのは初めてだ」
長老の勘でも異常らしい。
なら間違いない。
今日の群れは、腹を空かせて寄ってきただけじゃない。
誰かが押してきた。
その誰かは、まだ森の奥にいる。
祭壇の前で真名が固まった直後に、次はそっちだ。
狼と猪の匂いに重なるように、もっと強い獣の匂いが森の奥へ残っていた。




