第90話 初めての迷い
夕方。
観測室の空気が、少しだけ重くなる。
表示された波形が、いつもと違う。
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北方沿岸自治領。
規模:中。
連鎖確率:三十二。
余力:中。
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「少し嫌な形だね」
エマが呟く。
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新人たちが画面を見る。
これまでの揺れとは違う。
安定しない。
わずかに、上下を繰り返している。
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「誰やる?」
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エマの声。
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リュカが前に出る。
「やります」
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端末に手を置く。
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「再評価開始」
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数値が流れる。
連鎖確率、三十五に上昇。
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波形が、不安定に揺れる。
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ここで判断するか。
少し待つか。
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リュカは、息を止める。
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今までとは違う。
どちらも選べる。
どちらも正しい可能性がある。
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「……」
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時間が、ゆっくり流れる。
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エマは何も言わない。
ミラも黙っている。
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リュカは、画面を見つめる。
数値。
波形。
余力。
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そして、思い出す。
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研修での言葉。
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「理由を言葉にする」
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リュカは、静かに口を開く。
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「連鎖三十五。だが拡大速度が遅い」
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声に出す。
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「余力中。すぐの介入は可能」
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言葉にする。
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「ただし、現時点で臨界ではない」
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少し間。
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「再評価延長。五分」
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決断。
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観測室が静かになる。
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時間が流れる。
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波形が、一度大きく揺れる。
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新人の一人が息を呑む。
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「連鎖四十」
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リュカの手が、わずかに動く。
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だが、まだ動かない。
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さらに一分。
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波形が、急に落ちる。
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連鎖三十へ。
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「収束傾向!」
観測員が言う。
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リュカは、静かに言う。
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「見送り」
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数分後。
完全収束。
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「被害ゼロ」
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観測室に、静かな安堵が広がる。
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誰もすぐには話さない。
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エマがゆっくりと口を開く。
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「……どうだった?」
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リュカは少しだけ考える。
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「怖かったです」
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正直な言葉。
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ミラが頷く。
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「それが正常」
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エマも頷く。
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「初めての迷いだね」
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リュカは、静かに画面を見る。
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さっきの五分。
長かった。
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正解だったかどうかは分からない。
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だが、理由はある。
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そして、それを言葉にできた。
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「これが判断か」
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小さく呟く。
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観測室に、また新しい光点が現れる。
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終わりはない。
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だが、確かに一歩進んだ。
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リュカは、次の揺れを見る。
少しだけ、深く呼吸しながら。
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