第88話 静かな後退
フォルンの丘。
風が、ゆっくりと流れている。
かつてはここから、世界を見ていた。
今は、ただ眺めている。
---
アレインは、手帳を閉じた。
最近、書き込む量が減っている。
観測記録。
判断補助。
制度設計。
どれも、以前ほど必要とされていない。
---
「……いいことだ」
小さく呟く。
---
遠くの都市。
灯りが安定している。
危機は起きているはずだ。
だが、大きな揺れはない。
---
フォルンの建物の中では、エマが資料を整理していた。
新人研修の記録。
判断ログ。
監査報告。
---
「最近、先生来ないな」
ぽつりと呟く。
---
以前なら、何かあれば呼ばれていた。
制度の微調整。
判断の最終確認。
---
今は、呼ばれない。
---
不安はない。
むしろ、少しだけ寂しい。
---
中央危機統括局。
セルディオは報告書を読んでいる。
「外部助言、不要案件増加」
カルドが言う。
---
「アレインを呼ばなくても回る」
---
セルディオは、静かに頷く。
---
「それでいい」
---
制度は、自立し始めている。
---
監査室。
ミラが言う。
「思想が定着してる」
---
「人に依存してない」
---
カルドは答える。
「それが理想だ」
---
フォルンの丘。
エマがやってくる。
---
「先生」
---
アレインは振り向く。
---
「最近、呼ばれてないですね」
---
「そうですね」
---
エマは少し笑う。
---
「ちょっと寂しいです」
---
アレインも、わずかに笑う。
---
「私もです」
---
短い沈黙。
---
「でも」
---
エマが続ける。
---
「ちゃんと回ってます」
---
アレインは、遠くを見る。
---
「はい」
---
「それでいい」
---
制度は、完成していない。
だが、自立し始めた。
---
その夜。
三地域で小さな揺れ。
中央で判断。
現場で実行。
---
アレインは、その報告を見ない。
---
必要ないからだ。
---
思想は、誰か一人のものではなくなった。
---
それは、静かな後退だった。
だが、同時に前進でもあった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




