第80話 思想は完成しない
三地域同時危機から、一年が経った。
中央危機統括局の記録室には、新しい統計が並んでいる。
死者数――減少。
小規模被害――安定。
余力使用率――適正。
数字だけ見れば、制度は成功していた。
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セルディオは、年次報告書を閉じる。
「……一応の安定だ」
カルドが頷く。
「完全ではありません」
「完全な制度はない」
セルディオは静かに言う。
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フォルン。
エマは丘の上で風に吹かれていた。
「一年ですね」
「はい」
アレインは答える。
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「色々ありましたね」
エマは笑う。
「制度も、思想も、壊れかけて」
「はい」
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「でも、戻りました」
アレインは少し考えてから言う。
「戻ったわけではありません」
「じゃあ?」
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「学んだだけです」
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北方自治領。
ノア・リュカは、新しい責任者会議に出席していた。
若い責任者たちが集まっている。
「優先選択制度は完璧ではない」
彼は最初に言う。
「だが逃げ道ではない」
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机の上には、古い記録がある。
> 死者二名
> 判断責任者:ノア・リュカ
その紙を見せる。
「これが責任だ」
若い責任者たちは黙っている。
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南方山岳自治領。
ライナは、観測塔の窓から山を見ていた。
十八の名前が刻まれた記念碑。
風に揺れる灯り。
「少しは意味があったか」
小さく呟く。
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中央危機統括局。
ユリスは、統計を見ながら言う。
「効率は戻らなかった」
カルドが答える。
「安全は上がった」
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セルディオは、二人の会話を聞きながら言う。
「制度はバランスだ」
効率。
安全。
責任。
どれか一つに寄れば壊れる。
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フォルンの丘。
エマが言う。
「先生」
「はい」
「思想って、広がりますか」
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アレインは少し笑う。
「広がります」
「どうやって?」
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「人が使えば」
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遠くで小さな揺れが起きる。
観測塔の光が瞬く。
再評価。
判断。
また誰かが迷う。
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制度は完成していない。
思想も完成していない。
だが、記録は残る。
迷いも残る。
責任も残る。
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その日も、世界では何も起きなかった。
それは偶然ではない。
誰かが迷いながら選んだからだ。
第6部 完。
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