第66話 余力の嘘
監査室に、静かな緊張が漂っていた。
カルド・イーヴは、北方第三地区の詳細ログを精査していた。
出動可能部隊数。
魔力備蓄量。
即応時間。
どれも、報告上は「中」または「不足」。
だが、生データを重ねると違う。
「……八割稼働可能」
余力は、あった。
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カルドは、余力算出式を開く。
> 余力 = 即応部隊数 × 予測危機係数 − 将来備蓄係数
「将来備蓄係数?」
導入されたのは、三か月前。
優先選択制度の改訂後だ。
提案者――予算統括局。
承認者――形式上、セルディオ。
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中央会議室。
「将来備蓄係数は合理的な調整です」
ユリス・バンデルが説明する。
「未来の大規模危機を想定し、余力を割り引く」
「割り引き率が過剰です」
カルドは即座に言う。
「実発生率三十パーセントに対し、係数は七十で設定されている」
「安全側だ」
「安全とは誰にとっての」
静かな対立。
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セルディオは、資料を見つめていた。
「この係数は、私が承認した」
室内がわずかにざわつく。
「だが、現場適用率が想定より高い」
全案件に適用されている。
例外が、ない。
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フォルン。
エマは、将来備蓄係数の説明を読みながら眉をひそめた。
「これ、ほぼ常時“余力不足”に見せられますよね」
「はい」
アレインは静かに答える。
「未来の恐怖は、便利です」
「どういう意味ですか」
「見えない危機は、反論されにくい」
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北方。
ノアは、カルドからの照会文を読み、顔をしかめる。
> 余力算出式における備蓄係数の根拠を提示せよ
「制度通りだ」
彼は呟く。
だが、心のどこかで分かっている。
将来危機は、想像上だ。
今の揺れは、現実だ。
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中央監査室。
カルドは、新たな資料をまとめる。
「備蓄係数導入以降、小規模被害が増加」
「大規模被害は?」
副監査官が問う。
「発生していない」
「なら成功では?」
「未来の危機が来ない限り、永遠に証明できない」
それが問題だった。
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夜、西部農業圏で再び変動。
規模:中。
余力:算出上“不足”。
実際の待機部隊数:十分。
見送り。
翌朝、貯蔵庫半壊。
負傷者三名。
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フォルンの丘。
エマは、静かに言った。
「未来のために、今を削ってる」
「はい」
アレインは頷く。
「余力が、恐怖に吸われている」
「これ、止められますか」
「止められます」
即答。
「嘘を、記録すれば」
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中央。
カルドは、正式報告書を提出する。
> 将来備蓄係数の過大設定により、
> 実余力が過小評価されている疑いあり
> 見送り判断の妥当性再検証を求む
室内の空気が変わる。
これは単なる運用問題ではない。
制度設計の問題だ。
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セルディオは、ゆっくりと言う。
「係数を再計算する」
ユリスが即座に反論する。
「無謀だ。将来危機が来たらどうする」
「来ない可能性もある」
カルドが続ける。
「その恐怖で、現在を削るべきではない」
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その夜、三地域すべてで小さな揺れ。
南方は限定介入。
北と西は見送り。
被害は、南方ゼロ。
北と西、軽傷数名。
比較は、明確だった。
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余力の嘘は、まだ完全には暴かれていない。
だが、綻びは見え始めた。
未来の恐怖を盾に、
現在を削る構造。
第6部は、
制度の“中身”へと踏み込んでいく。
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