第63話 監査官カルド
中央危機統括局・記録監査室。
窓のない部屋に、紙の匂いだけが満ちている。
カルド・イーヴは、半年分の優先選択記録を並べ終えた。
見送り率、上昇。
介入率、低下。
大規模崩壊、ゼロ。
数字だけ見れば、優秀だ。
だが、その横に並ぶ小さな統計。
軽微損壊件数、増加。
軽傷者数、増加。
中規模経済損失、増加。
「……削れている」
静かな独り言。
壊れてはいない。
だが、削れている。
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カルドは、余力算出報告書を開く。
各自治領からの提出書式は、ほぼ同一。
> 現在余力:中
> 予測危機:高
> よって温存
「予測危機?」
実際の危機発生率は、低い。
未来の不安を理由に、現在の介入を避けている。
それ自体は、合理的だ。
だが――
「余力が、使われなくなっている」
---
ノア・リュカは、北方自治領の執務室で報告書をまとめていた。
「見送り三件、全て軽微」
誇らしげですらある。
「無駄な介入を避け、余力確保に成功」
制度通りだ。
何も間違っていない。
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フォルン。
エマは、最近の統計推移を眺めていた。
「壊れてない」
「はい」
アレインは頷く。
「でも、削れている」
エマが続ける。
アレインは視線を向ける。
「何がですか」
「余力の意味」
その言葉に、わずかに沈黙が落ちる。
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中央会議。
カルドは、初めて発言を求めた。
「優先選択制度の運用状況について、監査報告を提出します」
室内の視線が集まる。
セルディオは、静かに頷く。
「発言を許可」
カルドは、資料を投影する。
「見送り率は増加。大規模被害はゼロ。ここまでは成功です」
誰も異論はない。
「しかし、小規模損害は増加傾向」
画面に、折れ線が浮かぶ。
緩やかな右肩上がり。
「余力は“温存”されているが、使われていない」
ざわめき。
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「何が問題だ」
予算統括局長ユリス・バンデルが口を開く。
低く、重い声。
「壊れていない。予算は抑制されている。成功だ」
カルドは視線を向ける。
「余力は、削らないためのものではない」
「では何だ」
「判断を機能させるためのものです」
静かな対立が生まれる。
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ユリスは笑う。
「温存は合理的だ。将来の大危機に備える」
「その“将来”は、いつ来ますか」
カルドの声は平坦。
「来ない可能性もある」
「備えは必要だ」
「現在の傷が増えている」
空気が冷える。
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フォルン。
エマは、その報告の写しを握る。
「始まりましたね」
「はい」
アレインは静かに言う。
「思想の解釈争いです」
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中央会議室。
セルディオは、二人を交互に見る。
どちらも間違っていない。
だが、方向が違う。
「監査を正式開始する」
短い宣言。
カルドは、わずかに頷く。
ユリスは、表情を変えない。
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その夜、西部でまた小さな変動が起きた。
見送り。
倉庫一棟、全損。
負傷者一名。
ゼロではない。
壊れてはいない。
だが、削れている。
第6部は、
制度そのものではなく、
“使い方”を巡る戦いに入る。
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