第58話 それでも守られた側
北方沿岸自治領の港は、いつも通りの朝を迎えていた。
船が入り、荷が降ろされる。
市場には魚の匂いが満ちる。
同時危機の夜から、二か月。
港は、止まっていない。
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「もし、あの時介入がなかったら」
若い船員が呟く。
「港ごと沈んでただろうな」
年配の船長が答える。
誰も声を上げて喜ばない。
だが、理解している。
守られた。
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西部農業圏でも、麦が揺れている。
穀倉は無事だった。
出荷は滞らず、価格も安定。
都市部の食卓に、パンが並ぶ。
「助かったな」
「うん」
農家の父子が、短く言葉を交わす。
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フォルン。
エマは、北と西の視察報告を読んでいた。
「……普通ですね」
「はい」
アレインは頷く。
「何も起きていない」
「それが、成果ですか」
「そうです」
静かな肯定。
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南方山岳の記念碑に刻まれた十八の名前。
その一方で、北方と西部には名前は増えていない。
それも、記録だ。
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中央危機統括局。
副官が新しい統計を提示する。
「優先選択以降、基幹機能停止はゼロ」
「物流、食糧、エネルギー、全て維持」
セルディオは、短く頷く。
「……数字は、正しい」
だが、表情は変わらない。
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フォルンの丘で、エマが言う。
「守られた側は、感謝してるんでしょうか」
「一部は」
「全部じゃない?」
「全部ではありません」
当然の答え。
「守られたことは、実感しにくい」
壊れなかった夜は、
忘れやすい。
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北方の港町。
小さな少女が、灯台の下で遊んでいる。
彼女は知らない。
あの夜、自分の町が優先されたことを。
だが、知る必要もない。
生きている。
それで十分だ。
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西部農業圏の倉庫。
農夫が帳簿をつけながら言う。
「南方は大変らしいな」
「ああ」
「……うちは助かった」
短い沈黙。
「その分、支援に回そう」
小さな決意。
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フォルン。
エマは、静かに言う。
「十八とゼロ」
「はい」
「どっちも、残すんですね」
「残します」
アレインは迷わない。
「守られた側の静けさも、記録です」
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夜。
三地域の灯りが、同時に揺れる。
小さな地脈変動。
すべて見送り。
余力は、まだある。
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南方の再建区域で、子どもが笑う。
北方の港で、船が出る。
西部の畑で、麦が揺れる。
それでも守られた側は、
騒がない。
ただ、続いている。
十八の名前の裏に、
数えられないゼロがある。
それは勝利ではない。
だが、消えていない。
それが、この制度のもう一つの側面だった。
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