第48話 切られる側
南方山岳自治領――
揺れは止まらない。
結界塔の外壁に亀裂が走り、山肌から小石が転がり落ちる。
だが、まだ崩壊ではない。
まだ“持っている”。
「避難経路、第三ルートまで開放!」
ライナ・フェルトは叫ぶ。
「足の遅い人から先に! 荷物は最低限!」
声は通る。
迷いはない。
彼女は知っている。
中央は来ない。
来ないと分かった上で、今やるべきことをやる。
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「責任者、中央は?」
補佐官が息を切らして聞く。
「北と西に回った」
「では、我々は――」
「自分たちで守る」
即答。
守れないことは分かっている。
それでも言う。
守る、と。
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避難所には、既に人が溢れている。
「なんでうちなんだ」
「人口が少ないからか」
「山だからか」
怒りと不安が混ざる。
ライナは、正面から受け止める。
「選ばれなかった」
その言葉を、隠さない。
「でも、価値がなかったわけじゃない」
静かな視線が向く。
「総被害を減らすための選択だった」
「じゃあ、私たちは犠牲か」
誰かが叫ぶ。
ライナは、数秒だけ黙る。
嘘はつかない。
「……結果としては、そうなる」
空気が凍る。
だが彼女は続ける。
「だからこそ、死なせない。最小限にする」
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フォルン。
エマは、南方の避難映像を見ていた。
整然としている。
混乱は最小限。
「……強い」
思わず呟く。
「はい」
アレインが答える。
「切られた側が、最も強くなることがあります」
「皮肉ですね」
「現実です」
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中央。
セルディオは、南方の被害予測を更新していた。
「避難進捗六十パーセント」
「想定より早い」
「責任者の指揮能力が高い」
副官が淡々と報告する。
セルディオは、わずかに目を細める。
「評価を修正」
「優先度を?」
「違う。記録の文言を」
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南方。
地鳴りが一段、強くなる。
結界塔の基部が揺れ、魔力の流れが乱れる。
「第二層、崩壊!」
技師が叫ぶ。
「上層を切り離します!」
「切れ!」
ライナは迷わない。
塔の上部が、切り離される。
機能は半減。
だが、爆発的崩壊は防がれる。
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「責任者、退避を!」
「最後まで残る」
それも即答。
「あなたが死んだら――」
「死なない」
強い言葉。
強がりではない。
決意だ。
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夜。
最初の大崩落が起きる。
山の一部が滑り、居住区の外縁を飲み込む。
だが、中心部は空だ。
人は、逃げている。
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フォルン。
エマは、拳を握ったまま動けない。
「先生……」
「見ています」
アレインの声は静かだ。
「記録しています」
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南方の被害報告が届く。
居住区三割喪失。
死者十七。
負傷者多数。
数字は、重い。
だが、予測より少ない。
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中央会議室。
「北方、安定化成功」
「西部、被害抑制完了」
三地域のうち、二つは守られた。
セルディオは、最後に南方の数値を見る。
「……想定内」
副官が言う。
セルディオは、首を横に振った。
「想定より、少ない」
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南方。
夜明け前、揺れが収まる。
塔は半壊。
町は削られた。
だが、完全崩壊ではない。
ライナは、瓦礫の上に立っていた。
「……生きてる?」
「はい」
補佐官が答える。
「ほとんどが」
ほとんど。
その言葉が、救いであり、刃でもある。
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通信が回復する。
中央からの短い文面。
> 南方山岳自治領
> 避難指揮能力、高評価
> 記録に明記
称賛ではない。
だが、無視でもない。
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ライナは、深く息を吐いた。
「……切られた側、ね」
笑う。
乾いた笑いだ。
「でも、終わってない」
山は崩れた。
町は削られた。
だが、人は残った。
選ばれなかった場所は、
消えなかった。
それが、この夜の結果だった。
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