第49話 思想の試験
南方山岳の夜が明けた頃、中央では総括会議が始まっていた。
北方沿岸――安定。
西部農業圏――被害抑制成功。
南方山岳――部分崩壊、死者十七。
総死傷者数は、予測の最小値に近い。
「統計上は、成功です」
副官が言う。
その言葉に、誰も拍手しない。
成功という響きが、この部屋では軽すぎる。
---
フォルン辺境領。
エマは三地域の記録を並べていた。
「北方、死者ゼロ。西部、死者三。南方、十七」
紙の上では、明確な差だ。
「南方を優先していれば、北方で三百は出ていました」
リシェルが補足する。
計算は、揺らがない。
だが、エマは納得できない。
「……南方も、優秀でした」
「はい」
アレインは静かに答える。
「だからこそ、被害は最小に抑えられた」
「でも、切られた」
「はい」
---
中央会議室。
セルディオは、新しい資料を提示する。
「フォルン方式で再演算した場合の結果を表示」
画面が更新される。
優先順位は、変わらない。
南方は、やはり“低”。
「思想を適用しても、答えは同じか」
誰かが呟く。
「条件が同じなら、結果も同じです」
セルディオは答える。
フォルン方式は、万能ではない。
余力が二件分しかなければ、
三件目は、やはり落ちる。
---
エマは、その結果を見て息を呑む。
「……先生、変わらない」
「はい」
「じゃあ、思想は意味がないんですか」
アレインは首を振る。
「意味はあります」
「どこに」
「被害を最小に抑えた」
短い言葉。
「南方の避難判断は、記録を元に最適化された。だから十七で済んだ」
ゼロではない。
だが、三桁でもない。
---
南方。
瓦礫の上で、ライナは報告書を書いていた。
> 事象:大規模地脈暴走
> 中央対応:見送り
> 自治対応:全面避難、結界切り離し
> 結果:居住区三割喪失、死者十七
ペンが止まる。
最後の一行。
> 備考:
> 優先順位決定、理解する
理解する。
許すとは書かない。
だが、否定もしない。
---
中央。
セルディオのもとに、その報告が届く。
最後の一行を読み、わずかに視線を下げる。
「……強いな」
副官が言う。
「はい」
セルディオは短く答える。
「だから、切られた」
その言葉は、皮肉ではない。
連鎖確率が低い。
孤立している。
自律能力が高い。
だから、最小化計算では不利になる。
---
フォルン。
エマは、拳を握る。
「強いから切られるって……」
「計算式は、そういうものです」
アレインは否定しない。
「連鎖を広げない場所は、優先度が下がる」
「理不尽です」
「はい」
即答。
「理不尽ですが、全体存続には合理的です」
---
夜。
三地域すべての揺れは収束した。
北方は港を守った。
西部は食糧供給を維持した。
南方は町を削られた。
世界は、壊れ切らなかった。
その代わり、削られた場所がある。
---
エマは、静かに言った。
「思想の試験、ですね」
「ええ」
アレインは頷く。
「計算が変わらないと分かった上で、記録を残せるかどうか」
南方は、記録した。
中央も、記録する。
助けなかったことを。
---
成功とは呼びづらい。
だが、全体は残った。
十七という数字は重い。
だが、三百よりは軽い。
その差を、どう受け止めるか。
第5部は、まだ終わらない。
これはまだ、
思想の“試験”に過ぎない。




