第47話 選択の計算式
南方山岳自治領――
赤い光点は、ゆっくりと明滅を続けている。
中央危機統括局の会議室では、すでに次の工程に入っていた。
「北方、安定化率七十パーセント到達」
「西部、限定介入開始」
報告が飛び交う。
誰も、南方の画面を見ないわけではない。
だが、優先してはいけないと理解している。
セルディオ・クラウスは、演算結果を再確認していた。
「再計算」
「結果は同じです」
副官が即答する。
「南方を救うには、北方の安定を放棄する必要があります。総死傷者数は二・三倍に増加」
数字は、揺らがない。
---
フォルン。
エマは、三地域の被害予測を並べていた。
「南方の人口は一万五千。北方は三万。西部は二万」
「単純な数ではありません」
アレインが言う。
「連鎖被害も含めて計算されています」
「でも……」
エマは食い下がる。
「南方は山岳地帯です。逃げ場が少ない」
「はい」
「だったら尚更――」
「だからこそ、連鎖確率が低い」
静かな説明。
「地理的に孤立しているため、他地域への波及が少ない」
エマは黙る。
つまり、こういうことだ。
壊れても、広がらない。
だから、切られた。
---
中央。
「局長、南方から直通回線です」
副官が言う。
「責任者が、直談判を希望」
セルディオは一瞬だけ目を閉じた。
「繋げ」
---
映像が投影される。
若い女性が立っている。
顔は土にまみれ、背後では揺れが続いている。
「南方山岳自治領、責任者ライナ・フェルトです」
声は震えていない。
「優先順位決定を確認しました」
沈黙。
「なぜ、私たちは“低”なのですか」
直球だった。
---
「人口規模、連鎖確率、復旧可能性」
セルディオは淡々と答える。
「総被害最小化を基準としました」
「それは理解しています」
ライナは即答する。
「ですが、それは“他の場所が壊れると困る”からでしょう」
室内がわずかに張りつめる。
「私たちは、壊れても困らないのですか」
誰も答えない。
答えられないのではない。
答えは分かっているからだ。
---
「困ります」
セルディオは言った。
「だが、三つを同時には守れない」
「なら、なぜ三つを守れる体制を作らなかったのですか」
痛い問いだった。
だが、今問うべき問いではない。
「余力には限界がある」
セルディオの声は変わらない。
「そして今は、その限界の中で選ぶしかない」
---
ライナは、数秒間沈黙した。
背後で地面が揺れる。
石が崩れる音。
「……分かりました」
予想外の言葉だった。
「避難を最優先にします」
「それが最善です」
「一つだけ、お願いがあります」
「何だ」
「記録に残してください」
会議室の空気が、さらに重くなる。
「“南方を見送った”と、明記してください」
逃げない言葉だった。
「私たちが価値がなかったのではなく、選ばれなかったと」
セルディオは、ほんのわずかに視線を下げた。
「記録する」
短い約束。
---
通信が切れる。
会議室に、再び数字の声が戻る。
「北方、安定化率八十五パーセント」
「西部、被害抑制成功」
南方の光点は、赤のままだ。
---
フォルン。
エマは、震える手で記録用紙を握っていた。
「……これが、正解なんですか」
アレインは答えない。
代わりに、静かに言う。
「計算式は、正しい」
「でも」
「正しいことと、納得できることは違います」
---
中央では、最終承認が下された。
> 北方沿岸:全面介入
> 西部農業圏:限定介入
> 南方山岳:見送り
その三行が、国家の選択だった。
同時多発危機は、まだ終わらない。
だが、計算式は確定した。
誰かを救うということは、
誰かを救わないということだ。
そしてその責任は、
数字の裏に隠れてはいけない。
南方の光点は、
ゆっくりと強く点滅を始めていた。




