第27話 やらない判断を残す
名もなき建物の会議室で、
珍しく長い沈黙が続いていた。
机の上には、三つの案件。
どれも小さい。
どれも急ぎではない。
だが、どれも無視できない。
「……全部、やれますよね」
若い研修生の一人が言った。
「時間をかければ」
その言葉に、
エマは首を振った。
「全部やると、
どれも浅くなる」
自分でも驚くほど、
はっきりした声だった。
アレインは、
何も言わずに聞いている。
答えを出す役ではない。
「じゃあ、
どれを優先するんですか」
別の研修生が聞く。
「……優先じゃない」
エマは、言葉を探しながら続けた。
「やらないものを決める」
空気が、少しだけ張りつめた。
「やらない、って……」
「怖いですよね」
エマは正直に言う。
「でも、
やったふりをするよりは」
それは、
これまで誰も
公式には言わなかった考え方だ。
アレインが、ここで初めて口を開いた。
「理由を、残してください」
それだけだ。
エマは、三つの案件のうち、
一つに線を引いた。
「これは、
今回はやりません」
「理由は?」
「異常は小さく、
自然回復の兆しがあります」
「……もし、
悪化したら」
「その時は、
判断を変えた理由を書きます」
完璧ではない。
だが、
逃げていない。
記録には、こう残った。
対応:見送り
理由:
介入による副作用が、
現状のリスクを上回る可能性あり
“見送り”という言葉が、
初めて使われた。
その判断は、
誰にも評価されなかった。
だが、
誰にも否定されなかった。
それが、何よりの変化だった。
数週間後。
その案件は、
本当に自然回復した。
報告書には、
短くこう書かれる。
結果:
介入不要
派手さはない。
だが、
確実に世界を軽くする判断だった。
ガルディア工業国家でも、
小さな変化が起きていた。
現場判断で、
一つの工程が中止された。
理由は、こうだ。
急ぎの中での実施は、
後工程の負荷を増やすため
誰も拍手しない。
だが、
誰も怒らなかった。
フォルン辺境領。
夕暮れの中で、
エマはアレインに言った。
「……やらないって、
勇気が要りますね」
「はい」
アレインはうなずく。
「だから、
残す価値があります」
やったことよりも、
やらなかった理由。
それが、
次の判断を守る。
その日、
世界では何も起きなかった。
だが、
無理に起こさなかった出来事が、
確かにあった。
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