第26話 それでも早くしろと言われた
ガルディア工業国家の結界技術局で、
怒鳴り声は上がらなかった。
代わりにあったのは、
淡々とした通達だけだ。
次期復興計画、前倒し実施
全工程、二割短縮
遅延は許されない
紙切れ一枚。
命令としては、それで十分だった。
「……また、ですか」
若い技師が、思わず呟く。
「前回で、
だいぶ無理をしたはずですが」
上司は、目を合わせずに答える。
「分かっている」
「なら――」
「だが、
できたという実績がある」
それ以上の説明はなかった。
現場は、黙って動き始める。
工程表が書き換えられ、
確認工程が削られる。
「ここ、二重確認でしたよね」
「今回は一回でいい」
「判断理由は?」
「……前回準拠で」
その言葉が、
免罪符になっていた。
数日後。
結界調整中に、
一人の技師が倒れた。
命に別状はない。
過労と診断され、
事故としては扱われなかった。
「想定内だ」
報告書には、そう書かれる。
フォルン辺境領。
エマは、報告を読んで
強く拳を握った。
「これ、
誰かが止めないと……」
「止める理由がありません」
アレインは静かに言う。
「間に合っているからです」
その言葉は、
冷たく聞こえる。
だが、否定できない。
「じゃあ、
どうすれば……」
エマの声は、震えていた。
「問い続けるしかありません」
アレインは、視線を上げる。
「早くしろと言われても、
なぜかを問う」
それが、今できるすべてだ。
ガルディアの現場では、
小さな抵抗が始まっていた。
「ここは削れません」
若手が言う。
「理由は?」
「……前回、
戻らなかった箇所です」
一瞬の沈黙。
上司は、目を閉じた。
「……五分だけ、取れ」
たった五分。
だが、それは
初めての後退だった。
その日の作業は、
期限内に終わった。
だが、
すべてが同じではない。
報告書の一行が、
少しだけ変わっていた。
判断理由:
前例に基づくが、
現場判断により一部工程を維持
その一文は、
誰にも評価されない。
だが、
消されもしなかった。
フォルン辺境領。
アレインは、
その報告書を静かに閉じる。
「……芽は、ありますね」
エマが、顔を上げる。
「本当ですか」
「はい」
アレインはうなずく。
「急ぎの中でも、
考えた痕跡が残った」
それだけで、
世界は少しだけ違う。
ガルディアでは、
今日も期限が迫っている。
誰も、急ぐことをやめない。
だが、
全員が同じ速度で
走らなくなった。




