第23話 正しさを疑う訓練
名もなき建物に、朝の光が差し込む。
エマは、少し緊張した面持ちで室内を見回していた。
作業台。
古い記録。
新しい失敗例。
学校でも、研究所でもない。
「……ここでは、何をすればいいんですか」
そう尋ねた彼女に、
アレインは即答しなかった。
「まず、これを見てください」
彼が差し出したのは、
一枚の簡単な報告書だった。
地脈変動:あり
結界出力:基準内
被害:なし
「どう判断しますか」
エマは少し考える。
「……様子見、ですか」
「理由は」
「基準内だからです」
アレインは、何も言わず次の紙を置いた。
地脈変動:あり
結界出力:基準内
周辺:学校・市場
「今は?」
エマは言葉に詰まる。
「……止める、かもしれません」
「なぜ」
「人が多いから」
アレインは、ここで初めて口を開く。
「基準は、変わっていません」
エマはうなずく。
「でも、判断は変わりましたね」
午前中の訓練は、
すべてこの調子だった。
数値は同じ。
条件だけが少し違う。
そのたびに、
「正解」が揺れる。
「……これ、
答えはあるんですか」
エマが、疲れた声で聞いた。
「ありません」
アレインは、きっぱり言う。
「ここでは、
正しさを確定させません」
昼休み。
エマは、リシェルと並んで座っていた。
「正直、
自信がなくなります」
「それでいいんです」
リシェルは微笑む。
「自信がある状態で、
判断できる人はいませんから」
午後。
次は、失敗例の検討だった。
過去に起きた、
小さな事故。
誰も責められていない案件。
「この判断、
間違ってますか」
エマが聞く。
「分かりません」
アレインは答える。
「当時は、
正しかった可能性もある」
「じゃあ……」
「だから、
次は違う判断を考える」
責めない。
否定しない。
ただ、考え直す。
夕方。
エマは、ノートを閉じた。
正解は一つも書いていない。
理由と迷いだけが並んでいる。
「……変ですね」
「何がですか」
「前より、
安心できません」
アレインは、少しだけ笑った。
「それが、
訓練の成果です」
その夜。
エマは、自分の記録に
こう書き加えた。
判断理由:
正しいかどうかは分からない
だが、
何も考えないよりは、
ましだと思った
それは、
この場所で最初に書く
合格の記録だった。
フォルン辺境領では、
今日も何も起きていない。
だが、
「正しさを疑う人」は、
確実に増えていた。




