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「んへ……?」
目を覚ました途端に視界に映り込んだ二人の美形中年の顔にビビって椅子から飛び退いた。自分史上最速の後退りに、二人は苦笑いの表情だ。
いや怖いって。
「お疲れ様です」
「あ、はい、お疲れ様です……?」
あれ、なんだっけ?
まあいいや。
「すぐ帰った方が良いだろう。記憶に混濁が見られる」
女神氏の言葉に驚いて目を瞠るアルバートさん。アルバートさんだっけ、名前?
あ、だめだわ。リシア辞書カモンとか思った時点で相当飲まれてる。リシアちゃんがこの中年に会っているはずがない。
「そうします」
「はい、では」
パチリと指を鳴らす洋モノ美人。
次の瞬間、フッと身体が浮いたと思ったら見慣れない景色の場所に居た。あれ、転移誤ったんじゃない?
空が近いというか、暗い。そして周囲を見渡せば、背の高いビルがいくつも建ち並んでいて──ビル?
あ、東京!?
「おお、いたいたっ!」
がちゃり、と、屋内に続くであろう扉が開き、背の低い青年、むしろスーツ少年が現れた。
オフィス街でスーツを着てるって事はリーマンなのか。新人だとしても顔と衣装が似合ってないというよりすごいアンバランスだ。
目が丸っこくて全体的に小さいからだろうか。線が細いのもあって余計に小動物っぽく見えるから、幼さが加算されている。
そして一番の特徴がその腕。三角巾で首から吊っているが、おそらく骨折しているんだろう、ギプスをはめて包帯をした腕が目に悪い。
「えーと、ノナちゃんさんっすよね? 俺は紺今っす!」
「野仲根です」
紺今ってどこかで聞いた名前だな。変って思ったから覚えてる。
「そうっすか! 俺はコンコン狐の紺今っす!」
いや、二度も自己紹介されましても……。
ところでこの合法ショタは何しに来たんだろうか。
「そうそう、迎えに来たっすよ! 佐山っちが来れないって言うから代わりに!」
お、おう。あの佐山さんをそんな風に呼んでるのか。
最近の若い子ってすげー、と思いながら、彼の先導で室内に入る。洗練された東京なら屋上テラスとかあると思ったけど、そういやヘリポート設置されてたわ。それじゃ無理だ。
そして室内かと思ったら、ヘリ発着場に行くための通路だったらしく、仕切られた先の屋上にたどり着いた。こっちにはこぢんまりとした休憩スペースもあった。
「いやー、俺もノナちゃんさんの噂はきいてたんすよー、一度会ってみたくって」
「はあ」
「なんかふつーのおばさんっすね!」
お、おば……ま、まあ、妙に達観してるというか落ち着いていると言われたことは一度ではない。遠回しにおばさん臭いと言われたことは何度だってある。直接言われたのは初めてだが、その類いの評価はよくあることだ。
「……紺今さんは、若々しいですね」
「そっすか! いやー、威厳がないとか可愛いとかもよく言われるんすよね。これでも四十になるんすけど」
はぁ!?
いやまて、きっと同じ部署だ。それでも想定の範囲外だが合法ショタだから大丈夫だ。
何が大丈夫かはわからないが、自分の中で一応の結論はでたのでこの問題は捨て置くことにする。
「それにしても、お怪我はよくされるんですか」
ここに来た初日にも棒きれ振ってた気がする。
あれたぶん、松葉杖だ。
「そうなんすよー、よく事故現場にでくわすっつーか、今回のは歩道橋の上でひったくり見付けて。飛び降りて追い掛けようとしたんすけどね、ちょっとへましちゃって」
「へ、へえ」
どんなへまかは聞かないでおこうかな……。
生きているんだし、車道に飛び降りたって事はないだろう。
「ま、でも死んでも生き返れるからできることなんすけどね! あ、ノナちゃんさんもそうなんすよね? あれ、ノナちゃんさん?」
急に立ち止まった私を疑問に思ったのだろう。
振り向いて不思議そうな顔でこちらを見てくる紺今さん。
……いや、今なんて言ったよ。
「どうしたんすか?」
「あの……生き返れるって」
「え、あ、あれ? 営業三課じゃないんすか?」
部外者に話したのかと思って慌てる合法ショタ。
そこじゃねーよ。
うっわ、そういう罠があるのか。
今更ながらにして気付く。
死んだら終わりの世界で、リセットが利くのは異世界出張ならではの福利厚生だ。これは出張先でのみ適用される。
だが、おそらく繰り返してくうちに、麻痺してしまうのだろう。
同じ人間体型で異世界に流れ着くならなおさらに。死んでも生き返れるのだから、無茶ができる。
実際、私がリシア嬢として傲岸不遜な態度が取れたのも、ひとえに死んでも良いという思いがあったからだ。
「……いえ、営業三課で合ってます。すみません、行きましょうか」
引きつる笑みを浮かべながら先を促す。
紺今さんは怪しみながらも誘導を優先してくれたようだ。
階段を降りたフロア、そのすぐ近くのドアを開ける。え、屋上に近いんですけど。
「戻ったっす!」
元気よく挨拶する紺今さん。
広いフロアに机が六つ、奥に別の扉、大きく取られた窓の外からは背の低い隣のビルの屋上も見える。
眺望はいいが、高所恐怖症にはたまらん場所だ。足がすくむ。
壁にキャビネとロッカーがあるが、数は少ない。荷物がないからほとんどが空いた場所となっており、寂しさがこだましている。空間を無駄にしているとしかいえない場所。なのに、物置になることもなく、フロアは確保されている。
「じゃーん、営業三課にようこそっす! 新人があんまり来ないんすよね。だから時間があるときは、俺がノナちゃんさんに新人教育するっすよ!」
あ、それで張り切ってるのか。
合法でもショタは可愛いと思っていたら、どこから現れたのか細野さんが横からタブレットを差し出してきた。
ネットに繋がった画面を見せてくれる。
「読んで下さい」
「あ、はい」
言われたとおりに記事を読み……唖然として細野さんを仰ぎ見た。
「任務失敗しましたね」
そこには和泉食品の製品に動物の毛が混じっていたとの記載があり、購入者の声として会社を罵倒するものがいくつか載っていた。
最近の業績の簡易的な紹介と、第二工場計画が水泡に帰したであろう旨も書かれている。
いや簡素なわりに大胆な筆使いで調べた結果を書き連ねてくれましたね。
「こ、これ……」
「急いで連絡をした方が良いでしょう。出向も解除になりそうです。野仲根さんも通常成業する必要が出るかもしれません」
それは無理……無理と言ってられないのか。
いや、むしろこれを覆すにはそれこそ神頼みしかないのでは?
そう思ったときにふと気が付いた。
リスク管理体制についてだ。
神様任務は成功すると御利益がある。ついでに依頼も増える。メリットが大きい分負担も増える。
なら失敗は?
その反対だろう。つまり依頼が減る。出張回数が減る可能性がある。
協力体制があれば、依頼内容の難易度調整をすることで失敗と成功のバランスを取ることが可能になる。だから三課なんて作って人を集めたんだ、和藤は。
なら本当に、私のするべき事はひとつしかないじゃないか!
「……会社に連絡してきます」
「はい」
今入ってきたばかりの扉から出て行く。
願わくば──。
いきたかないけど、異世界研修室にたどり着けるようにと思いながら。




