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寮までの道を辿りながら、さあこれからどうしたもんかと考える。
やりたいことは決まってる。このイジメなんだか嫌がらせなんだかよくわからない何かを終わりにして、メルディナちゃんが公爵家跡取りとして認められるようにする。ついでにアカネちゃんも嫌なことされなくなってハッピーっていう一石二鳥を狙いたい。
あ、それから、ミッション達成しなきゃ。やりたいことの優先度が高くてすっかり忘れてたや。パパーン男子に適度な嫁を見付けてやらなきゃなぁ。
嫁、嫁かぁ。私の嫁はまだ恥ずかしがって画面の向こうから出てきてくれないんだけど、先に他人の、しかもよく知らない人の嫁を探すってのもなぁ……。仕事だってわかっちゃいるんだけど、こう、乗り気にはなれないよね。
別に誰が先に嫁ごうがどうでも良いんだけど、仲人が上手くいったら神様がご褒美として画面の向こうから嫁を出してくんねぇかな。もしくはこっちが突撃する。
そんな不埒なことを考えてニマニマしていたからか。
突如として目の前に降り注いだ小雨のような火の粉に頭から突っ込むところだった。あぶねぇ!
「なんだ、外したか」
「……やめてくれませんか、考え事をしていたのに、アイディアが飛んでいきました」
「はっ、不細工な顔で考えてた事なんざ、ろくな事じゃねぇだろ」
横合いの茂みからギュスくん。その後ろの並木からミズホくん。こんな朝早くから野外で何をしてたんですかね。
衣服に乱れがないか密かにざっとチェックしたけど隙がなかった。ちくせう。
「んで、あの女に関しての情報は?」
あ、そういえばそんな取引したんだった。
すっかり忘れてた。
「新しいことは特には。成績の悪い男子生徒を優秀者に仕立て上げたという話は、あなたがたの方が詳しいでしょうし」
「まあな。覚えてるか、昨日の昼食」
ん、逆に嫌がらせランチか。
「一人だけ、違ったろ」
何がよ。
違うって服装が? 髪型が? 雰囲気が?
変だな、というか、こいつやるな、って思ったのは飲み物を用意したヤツだけど。
他の何かに比べてまだ気軽に口にできるし、緊張したら喉渇くだろうし。食べたものを飲み下すのに必要になる場合もあるし、特に焼き菓子なんか口の中がパッサパサになるもん。
「そいつが件の生徒だ。ま、どれかっつったら、隠してた本性を引きずり出した、ってのが正解だが」
ほーん?
ランディアルといいその子といい、アカネちゃんにはなにがしか人を惹きつける魅力があるってことなのかな?
「あの四人の中にいたということは、身分は?」
「本当に知らないんだな。それにあんた、思った以上に俗物だ」
「公爵に連なる家の三男だよ。王家の親族としては遠いけど、傍流の一つではあるね」
「そうなんですか」
その一言を言うためだけに、なぜそこまで接近して、かつ手を取る必要があるのか。
ミズホくんがにっこりと優しげに微笑んで、勢い手の甲にキスを落とそうとしてきやがったので素早く引っ込めた。無礼も冗談で済ませられる非公式会見で良かったわ。っていうか人目を気にする必要もないのにする動作じゃねーんだから、単なるスケコマシかこいつ。
しっかし、また公爵家かよ。
「アカネさんを選ぶメリットはなんなんでしょうね」
「ああ、本妻にするには見劣りするからな」
「能力が高くても愛人止まりですよね。それをああもおおっぴらにする理由もないと思うのですが」
「何を考えてるんだかな、あいつら」
恋愛ごっこだってパフォーマンスの一つと思うんだけどなぁ。
社交界の噂話は誰それの仕事から交友関係といった公的見解に関わることから、恋愛事、スキャンダルなど刺激を求める話題も出る。
それこそ、公爵家の嫡男が庶民の娘に求愛しているなど格好のネタだ。将来を考えたら、今のうちにと離反の準備をする家があってもおかしくない。
ギュスくんと私がわっかんねーなと難しい顔をしていたら、隣で聞いてたミズホくんが呆れたといった様子でため息をついた。なんか用か。
「ただ単に本気で惚れてるだけだよ。周りが見えないくらいにね」
「はあ?」
「それを抑えつけるのが普通では」
「そうじゃないんだよ、本気の恋っていうのはさ。身分というモノが、自身を奮い立たせるためでなく、障害として立ちはだかるのさ」
「わかんねぇ」
即答でした。
私も同じ結論に至ったんだけど、同じ回答をするのも癪なので少し考えてみるかな。うん、わからん。
「ギュスはそこまで本気で恋したことがないって事なんじゃないかな。ギュスでいえば、ランディアル家よりその女の子の方をよく考えるようになるって事だけど」
「あり得ないな」
女の子じゃなくて男の子かもしれませんよ!
そういう事じゃないとわかってるからツッコミは入れないけど。
「リシアさんもね。そのうち本気になれる相手ができるよ。それが僕だったら光栄だな」
見た目だけはなぁ……良いんだけど。
「それより、ランディアル様にお取り次ぎ願いたい事があるのですけれど」
強引に話題転換したら、ミズホくんは困った人だという動作をして、ギュスくんは器用にも片眉をひょいと上げた。
まあ、そこまで畏まるような話じゃないんだけど、ちょっと警戒されてるかな。
「悪い話じゃありませんよ。私がイズイナート令嬢に気に入られたのはご存知でしょう?」
「ああ。で、それがあんたの提案とどう繋がるんだ」
「アカネさんの机ですが、連日のように落書きをされておりまして、それはもう酷い状態です。ですが、あれは学園の備品でしょう? 日常で困るのはアカネさんですが、財産を傷付けられたのは学校です」
「まあ、そうだな」
「うん、そういえばそうだね」
「ですので、学園側の代表としてランディアル様に訴え出ていただければと」
「メリットがない」
「なるほどねー」
まったく意味がわからんとしかめ面するギュスくん。
対して、何かに気がついたか、苦笑するミズホくん。
「本気の恋ならアカネさんが困ってることを見逃せないでしょう? それに、原因を突き止められたらこれ以上の嫌がらせも終わるでしょうし、なおかつ、上手くいけば政敵に牽制が利く」
「ほー、一挙両得ってか。確かに利点はある」
「でも、だよねぇ。損失が見込まれてない」
「だから、ランディアル様の本気の度合いがわかろうというものですよ」
「これは……いらないヒントあげちゃったかなぁ……」
まあ確かに確信は得られたっつーか押せる要素ができたとは思ったけど。
パパーン男子がもっと計算高いんだったら将来を見越して今からイズイナートに牽制を掛けるのが良いんじゃねってプレゼンしてたわ。それよりもアカネちゃんが大事とかいうふざけたこと言われたから押し方を変えたけど。
つーか、本人じゃなく取り次ぎに話す内容じゃないよな。あれ、ギュスくんに却下されて終わるかも。
「はぁ……まあ、一応はお耳に入れておこう」
お、ラッキー。
あ、そうだ。
「嫌がらせですけど、今日を境になくなる予定です。実行犯を説得しましたので」
「おまっ……!」
「あっはっは! 動くなら今日しかないね!」
いやー、そうなんですよね。
だから、この件を上手く使おうと思ったら今朝のタイミングしかないんだよねー。いや、まさかこうも上手く事が運ぶとは思わなかったからなー。断られてたかもしれないからなー。嫌がらせを早めに終わらせてあげたい気持ちが先走っちゃったよー。
ということで、判断は早めにしないとチャンスを逃すぜ。
別に焦って判断力を欠如させようとか思ってない。上手くいく機会はいつだって光陰矢の毎し。素早くしないと掴み取れないんですよ。
「では私はこれで。お伝え願いますね」
「このアマ……」
肩を震わせ爆笑するミズホくんと、隠さず舌打ちするギュスくんに微笑みを残して。
私は寮に帰ることにした。
いや、凶器をちゃんと戻しておかないとね。




