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暑いとき、溶けるって表現を使ってた気がする。今の気持ちとしては気化待ったなしって所ですわ。
ええい! そもそも火矢で亡くなる体質なのに砂漠とかどういう事ですか、体のほとんどは水分なんだぞ! 水気がないから地面だってぱさぱさしてんだ、スライムなんかすぐに干上がっちまうだろうが!
砂漠地帯に近付くまではミハル君の頭の上でうだうだしてたけど、気温が上がるにつれて動きが鈍くなっていることに気が付いた。
多分このままだと動けなくなると思い、急いで肩に移動、現在は腕の中にいる。あのままだったら消滅するまで気付かれなかっただろう。だってスライムが動かなくなった程度で通常の動作と何が違うか見分けられるヤツなんておらんやろうし。
「なあ、少し休憩しないか」
最寄りの村までは乗り合いの馬車があったんだけどね。
砂漠の旅団が居る確率が高い場所まで運んでくれるタクシーみたいな個人馬車は掴まらなかったんよ……お嬢さん方の実家も出してくれなかったんよ……なんでや……ということで今は歩き。地図の距離感からして三、五時間かからずにつけるはずらしい。
見込み値にだいぶ距離差があるのはご愛嬌、正確な地形図がないだけだ。あとは人伝の情報を頼りに推測するしかないが、その情報ってのもだいぶ乏しい。ていうか一人分だけだった。
それだけでもとんでもない所へ派遣されているというのがわかる。誰だよ神託なんて下ろしてきたやつは。
「休憩か? まだ早くないか」
「ラスがやばそうだ。さっきからステータスがぶれてる」
「ふむ……それなら仕方あるまい。少し休むぞ、ミハルはラスに水をあげてやれ」
「おう」
風景的にはサバンナといった感じか。まばらに生えている背の低い木の作る小さな影に入り込み、ミハル君がボックスから樽を出す。
そこに頭からぶち込まれた。
「この樽はラス専用だな。分かるように印をつけておくか」
乙女になんてことを、というよりもこの体で良かった。人型だったらこんなに自由に水浴びできないもんね!
真夏の暑い日、汗でじわじわする体をさっぱりさせたくて水風呂に飛び込みたいと思ったことが何度もある。いや、それができなくても、自販機で買った水を頭からかぶりたいと思ったことがある。でも実現できなかった。しかしここでは関係ない! 叶えられなかった夢が今ここに!
暑さで頭がやられたのかな。そもそもこんな境遇に陥れたやつを許せねぇよ。
「それにしても、この段階でこの状況はまずいな」
「どーゆーことー?」
「砂漠も見えないうちからへばってたら、これから進む先にはついて行けないって事だ」
「拠点に置いてくれば良かったんですわ」
「そうかもなぁ……意外としっかりしてるから一人でも大丈夫だったろうし」
一人暮らしくらいはお手の物ですよ。
ただ、こっちだと食べる楽しみも寝る楽しみもゲームもないから暇潰しできなくて早々にギブアップしそうだけど。
「だが、前の託宣で見付けた、山神の遣いだろう? 連れて行かずして良いものか」
「なんにせよ、ここまで来ちまってるから連れて行く以外の選択肢はないな」
「それもそうですわね。まったく、世話の焼けるスライムですわ」
「ラスちゃんお水飲むの?」
私としてもついていくしかないんだよなぁ。
ちょっとだけ砂漠を見てみたかったってのもある。好奇心は猫をも殺すって言うけれど、今更ながら大人しくしてりゃ良かったって思ってるよ。
「……ん? ミハル、地響きがしないか?」
「え? んん? アミ、なんか感じるか?」
「えー? あー、おっきな魔法を使えるのが土の中移動してるぅ」
「該当する魔物……ラクタクワーム? 知ってるか?」
「生存競争に敗れた種ですわね。砂漠地方に追いやられて独自進化をしたはずですわ。おそらく、水を求めて来たのでしょうね」
「まだ砂漠手前にいて大型って事はボス級か?」
「すぐ近くまで来てるな。ラスはリタの肩に乗れ、俺は樽をしまう。ミナ、アミと協力して結界を展開準備をしてくれ」
「ミハル様のためなら!」
ぱぱっと指示を出すミハル君。意外と頼もしい一面があったもんだ。
リタさんの肩に飛び乗れば、彼女は剣を抜いて構えていた。気配察知の能力でもあるのだろうか。いや、地響きといっていたから、リタさんだけ明らかに脳筋察知だ。他のメンツは魔力感知なんだろうけども。
推察している間に、リタさんが睨んだ先の地面が盛り上がり、ついで土塊を噴出させてそれは現れた。
最初はミミズとムカデを合体させような体がんろっと出てきたが、そこまで体躯は長くなかったのか、全体が飛び出し、尻尾だろうか、最後に現れた先端には顔の赤いヒヒが付着していた。
その形状で地中を進むのは大変だったろうよ。とかそうじゃねぇ、どういう進化をしたらあんな訳のわかんないのができあがるんだ? それとも寄生されてんのか? 吸収途中?
「わぁ、すごいなー」
「ありゃ……なんだ」
「ヌエの亜種、砂漠進化形らしい」
もっとこうヌエって格好よかった気がするんだ。百歩譲って猿とヒヒは合ってるとしよう。
こういう化け物の尾っぽは蛇でしょうが! ムカデって何でなん!? 気持ち悪さは勝ってるけども!
「あ、ああぁ……!?」
そんな風にパニクってたらミハル君が驚愕している声を出した。どうした。
「あのヒヒ……横歩きしてる! あれじゃまるでア」
「下がっていろミハル、来るぞ!」
確かにあの歩き方は舞台かテレビかで見たことがあるが、口に出したらアウトだミハル君。というか、君は見た目より歳がいってるな?
ヒヒが飛んだ、と同時にリタさんがふっと息を吐く。
瞬時に振り下ろされるヒヒをかわしつつ、胴体に一撃を入れる。下から上へ股を裂くように振り上げるが、浅い。つーか人間の男相手なら有効な一閃を躊躇なく繰り出している時点で鍛錬度合いが高い。
斬られたことに激怒したか、今度はムカデ部分が上から押し潰そうと鎌首をもたげた。大きさはリタさんの三倍はあるか、速度はないから余裕で避けるが、横っ腹を穿つようにヒヒが突っ込んできた。
「甘い!」
小さく飛び退り、回転する勢いを利用して、回し蹴りならぬ回し斬り。ヒヒの双眸を一直線に抉り取る。怯んだ所にトドメの一撃、眉間を貫く神速の突きが頭蓋をかち割った。
そのまま敵と距離を取るため、大きく後ろへ飛ぶリタさん。空中で襲われたら体勢を変えようがないが、相手は痛みに身もだえしていそれどころじゃないようだ。
敵の動きをよく見ているからこその判断だろう。それに自身の力量を分かっている。力がない分は技術でカバーしているし、一撃離脱が徹底されている。一挙粉砕ではなく、連打撃墜。
まあ、それも相手が一体で体力がもつと思ってのことだろうけども。群れていないことは気配かなんかで察知してんだろう。
「ミナ、どうだ」
「さすがリタさんですわ。的確に相手の急所を直撃してます。けれど、本体はあっちの長い方、生命力はまだまだ残っていましてよ」
「いや、機動力が多少は殺がれたろ。アミ」
「──祖は雷霆の伴となれば。ボルティックアロー!」
リタさんがさっと道を空ける。
後方で詠唱をしていたらしいアミちゃんから一直線に雷、というかレーザーとかナントカ砲って呼びたいような太く青白い光が放たれる。
数秒程度の発光だったけど、目を向けた先、でっかいムカデは黒焦げになって崩れ落ちていた。
「んやったぁ! とーばつしたぞぉ!」
「やりましたわね」
「この先、ああいうヤツが出てくるって事か。気を引き締めなきゃな」
わいわいと勝利を楽しんでいるガールズ。
そして何もしていなかったミハル君を見れば、何やら考え込んでいた。どうした。
「ちょっと検索してたんだが、いまのヤツ、標準より小さいサイズらしい」
「そうか」
「はぐれのラクタクワームだろうな。まあ、先に情報が得れたのは大きい。対策を立てておけるしな」
「水を求めるなら、使わなければいい。と言いたいところだがまず無理だな」
「ああ。だが、砂漠の民も水なしで生きてるわけじゃない。アイツらは地中から感知できるわけだしな。何かカラクリがありそうだ」
そのカラクリが分かるまでは襲われ続けるのかな。
そう考えたら別の対処法を見付けた方が良い。運良く砂漠の民と会えたとして、それが秘法なら教えて貰えるとも限らんし。
「とりあえず、一時的な措置としてミナに結界を展開してもらう。水源感知されないようなのを頼む」
「任されましたわ。その代わり、あとでご褒美をいただけます?」
「わかった。それからラス。ちょっと思ったんだけどな」
ん? なんかあるのか?
「料理スライムになったら火耐性上がるし水なしでもいけるんじゃないか?」
………。
ハッ!!




