第6話 計画を立てました。
文官補佐の仕事にだいぶ慣れてきた頃、ルチアは久しぶりにジーナと会うことができた。
「お嬢様、お久しぶりでございます!」
「久しぶりね、ジーナ。元気そうで良かったわ」
「お嬢様もお元気そうで何よりです」
ジーナも同じく城のメイドとして雇われることになった。
レヴァントに来て、初めの頃は身の回りの手伝いをしてもらっていた。けれど、いつまでも甘えているわけにはいかない。ルチアは一人で生活できるようになると、ジーナの勤め先はないかとクリュオスに依頼したのだ。
広い城内で出くわすことはあまりなかったが、城のどこかにジーナがいるということは、ルチアにとっても支えになっていた。
そして、偶然、城内で遭遇することができ、休みの日にお茶をしようという流れになった。
「ジーナ。もう、私は貴女のお嬢様じゃないんだから、気軽にルチアと呼んでいいのよ?」
「いいえ、滅相もございません! ジーナにとって、お嬢様はお嬢様です。優雅で可憐で、気品にあふれたフィクトの白百合。殿下と並んでいるお姿は、まるで清き泉に立つ二輪の花でした」
ジーナはうっとりと思い返していたが、ルチアにとっては苦い記憶でしかなかった。
ヴァニシオンの見目だけは、確かに悪くないが、中身の辛辣さはルチアだけしか知らない。あの男は、表面上取り繕うのが異常に上手かったのだ。もしかしたら、出会った当初の可愛い王子様すら演技だったのではないかと、ルチアは今更勘ぐってしまう。
「はっ! お、お、お嬢様、大変失礼いたしました!」
ようやくジーナがヴァニシオンに受けた仕打ちを思い出して、頭をカフェの机に打ち付ける。
ゴンッ、という小気味のいい音にルチアも笑って「いいのよ」と気を取り直すことにした。
「ですが、今はクリュオス様との方がお似合いです! 清廉潔白な騎士に守られる姫君……まるで物語のようじゃありませんか」
「っ、ジーナ!?」
再び夢見心地になられても困るので、ルチアは慌てて言葉をはさむ。
けれど、ジーナはきょとんと目を大きく見開き「知らないんですか?」とルチアに話し始める。
城内では、ルチアとクリュオスの関係は今も話題の中心らしい。
クリュオス自身も騎士団の所属は長くなく、子供のいないラヴィスマン家の養子になったばかりのようだ。
謹厳実直、質実剛健。まさに騎士道精神を絵にかいたような男が、賢女の番犬になっている。
ルチア自身、クリュオスの護衛のおかげで男性にナメられることなく仕事ができているのはありがたいが、噂話になるのは居心地が悪かった。
「クリュオス様に申し訳ないわ……」
「どうしてですか?」
「だって、クリュオス様の縁談に差し障りがでたら悪いじゃない」
ただでさえ、後見人になってもらっているというだけでも十分なのに——。
冷たいお茶がルチアの喉を潤す。ひんやりとした感覚は、浮ついた熱を冷ますのに丁度良かった。
「実績ができて、きちんと文官の籍に就いたら、クリュオス様には護衛をやめてもらおうと思うの」
「っ、なにをおっしゃるんですか!? どう見ても、クリュオス様はお嬢様のこと――」
「もう、恋はしたくないわ」
「お嬢様……」
ヴァニシオンに別れを切り出されたからではない。
クリュオスの優しさに溺れて、本来の目的を見失うことをルチアは恐れたのだ。
(私も、お父様も、罪など犯していないのに、あの国は……)
スターレット家の幸せに満ちた光景は二度と帰ってこない。
それが、今のルチアの原動力だった。理不尽に奪われた憎しみは、今も胸の中で燻り続ける。同時に、政策室に身を置くことができて本当に良かったと、ルチアは改めて父親に感謝した。女だからと制止することなく、むしろ、王妃になるからこそ、と最良の環境を与えてくれた。
おかげで、レヴァント国では、その知識を存分に発揮できている。
(あとは……オーギュスト王の次第ね)
改革を起こす、という大号令のもと、この国は急成長を続けている。
ならばこそ、ルチアの発案も少しずつ取り入れてくれれば、この国の流通は劇的に変わるはずだ。
ルチアは、ゆっくりと口角を上げる。それは、やがて大火になる最初の小さな炎だった。
*
オーギュスト王は何の前触れもなく、政策室を訪れた。
「ルチア・スターレットはいるか」
ドアを開けて早々に告げたおかげで、文官たちは大慌てで、部屋奥の書棚にいたルチアを引っ張り出した。
「大変失礼いたしました。私がルチア・スターレットでございます」
「ほぉ……お前が……なるほどな」
頭を深く下げながら、オーギュスト王の値踏みするような視線に晒される。
奥から駆け付ける間に王の姿を見たが、若き王と呼ばれるように溌剌とした印象を受けた。魔術にも造詣が深いと聞いていた分、線の細い王を想像していたルチアは、意表を突かれて更に緊張してしまう。
「この政策案を作ったのは、スターレットで相違ないな」
紙束を突き付けられて、ルチアはそれを受け取る。
それは、ルチアの上司にあたる文官名義で提出したものであり、ルチア自身の名前は伏せられたものだった。文官補佐が王に進言できる権限などない。だから、ルチアは文官が提出した書類に紛れて、こっそり政策案を忍ばせたのだ。補佐が代筆することもあるため、特定されることはないだろう。そう高をくくっていた。
「っ、はい。申し訳ございません。身の程をわきまえず、このような出過ぎた真似をはたらいたこと深くお詫び申し上げます。どのようなご処分も甘んじて受け入れる所存です」
汗が背中を伝う。
やはり、もっと時間をかけるべきだったのかもしれない。拳を強く握り締め、襲いかかる後悔に必死に耐える。けれど、少しでも種を蒔いておかねば、芽は出てこない。そのためにルチアは行動に起こしたのだ。だが、すぐに露見するとは想像していなかった。
(ほんの少しだけしか書いていなかったのに。根回しもこれからやる予定だったのに……)
心臓は跳ね上がり、ルチアは身体を震わせながら、沙汰を待つ。
「ならば、言葉に責任を持て。明日からお前は、文官として、魔石の流通経路についての意見書ならびに改革案を提出しろ」
「陛下、それ、は……」
「フィクト国から来たという話は聞いている。母国を裏切る気はあるのか」
ルチアの心臓を射抜かんとする強い金色の瞳。
これが、大国を統べる王なのだと、ルチアは改めて感じた。
「このルチア・スターレット。王の命に全身全霊でお応えすることを必ずお約束します」
火蓋は切られた。
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