第4話 王都へやってきました。
騎士団の護衛もあり、王都へはスムーズに着くことができた。
そして、移民の手続きは、労働者ギルドで行うものらしい。クリュオスから道中で聞いたルチアは、さっそくジーナと向かうことにした。
だが、レヴァント国はとても栄えた魔術大国で、城下町は人と物で溢れかえっていた。どこに向かえばたどり着けるのかと、ルチアの心が折れかけた矢先。
「ルチア様。ご案内いたします」
スッとクリュオスが現れて、労働者ギルドまで連れて行ってくれることになった。
「ありがとうございます、クリュオス様。ですが、その……お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「ご心配には及びません。他にも団員はいます。それに、ルチア様のご事情を考えると、私の方が適任です」
「適任?」
「ギルドに行った際に、ご説明いたします」
どういうことなのだろう。
先導する大きな背中を見ながら、ルチアは疑問に思う。
王都までの旅の最中も、時折「不便はないか」など声をかけてもらっていた。商隊のなかでも、女の二人だったからといえば、理解はできる。それでも、他の騎士団員に比べれば、圧倒的に気にかけてくれていた。
ジーナにどうしてだろうか、と相談したところ「お嬢様に一目惚れしたんじゃないですか?」なんて、全く当てにならない返答をもらったので、ルチアは益々困惑するしかなかった。
(見返りを求めてる……とか? 上級貴族なら資産がある……それを見越してお金の請求とか)
だとしたら、ルチアは全くの一文無しだ。
家を潰された貴族なのだから、クリュオスに払えるものなど何もない。
そうこうしているうちに、労働者ギルドに着いた。大きな屋敷のような建物で、中に入れば、大勢の人がカウンターでひっきりなしに声を上げて話している。
「ルチア様。先に階段を上がってお待ちください。声をかけてまいりますので」
「えっ?」
クリュオスは階段を手で示してルチアを促すと、一直線で窓口を目指す。
人が行き交うなかで、入口で戸惑っているのも邪魔になると判断したルチアは階段を上がるが、疑問は深まるばかりだった。
その後、すぐに役人をつれたクリュオスが現れ、一室へ案内される。
「身分証明書等は何かお持ちでしょうか?」
役人は開口一番に告げる。ルチアは、トランクの中から爵位認可書を取り出した。特殊な魔術インクで書かれたもので、ルチアの血判がついている。事前にトランクの中身を用意してもらっていて本当に助かった、と父とジーナにルチアは改めて深く感謝した。
「……ご事情をお伺いしてもよろしいでしょうか」
役人はジッとルチアを観察しながら、話を聞く。嘘偽りはないか、と値踏みをされているようだったが、ルチアにとっては真実でしかない。こんな暴虐がまかり通っていいものか、と言葉を吐露する度に、怒りがこみ上げてくる。
「――ですから、この国に保護していただければと思います。また、恥を申し上げるようですが、仕事の斡旋と住居のご配慮いただきたく併せて願い出ること、どうかご容赦くださいませ」
そこに伯爵令嬢のプライドはないのか、と言われたら、これ以上の屈辱はない。そう断言できるほど、ルチアの内に秘めた炎は燃え盛っていた。けれど、今の自分には何もない。その歯がゆさが、さらにルチアの身を焦がす。
伯爵家だからこそ、他の貴族の模範となるように努めてきた。その父の背を誰よりもルチアは見てきたからだ。
「ご事情は深く理解いたしました。ですが、仕事と住居となりますと……」
役人が戸惑うのもわかる。
身の回りの世話を全部、召使にやらせていたようなお嬢様が、いきなり働けるわけがないと思っているに違いない。ルチアはスカートをギュッと握りしめる。
彼女自身もその点については不安があった。掃除や洗濯といった仕事を実際に見たことがなかったからだ。美しい屋敷、清潔な衣服、それらは全て、誰かがやっていてくれた。その一員に、これからルチアも加わるのだ。唇を噛みしめ、それらを受け入れることを覚悟する。
「一つ、よろしいでしょうか」
ドア近くに立っていたクリュオスが手を挙げた。
「私が彼女の後見人になります。そうすれば、宮廷内の仕事を担えるかと思いますが、いかがでしょう」
「えっ!?」
突然の申し出にルチアは驚きの声をあげる。
一介の騎士の意見とはとても思えなかった。確かにルチアの能力なら、宮廷内の事務仕事なら手伝える。それはルチア自身密かに思っていた。実際に父の領地経営の文書作成などを習っていたからだ。だが、クリュオスの前では、それを述べたこともないし、披露もしていない。
吹き上がる疑問の目をクリュオスに向ければ、彼は毅然としたまま役人に告げる。
「ラヴィスマン家……というより、私自身にフィクト国と浅からぬ縁がございます。フィクト国から川でお越しになったことを考えれば、自ずと見えてくるものがありましたゆえ。加えてフィクト国のご令嬢なのに、貴女はとても聡明だ。なればこそ、宮廷でも問題ありません」
クリュオスは曇り一つない顔で、真っ直ぐにルチアを見る。
そこまでルチア自身を信じてくれる騎士に、頬が熱くなるのを感じた。出会って間もないというのに、そこまで見抜ける慧眼に、この騎士の奥深さを感じる。
(クリュオス様は、フィクト国にいたんだわ)
ルチアは直感した。
フィクト国のご令嬢、という言葉に思い当たる節があったからだ。ルチア自身はあまり快く思っていなかったが、周りの令嬢たちはこぞって自分を優位に見せたがっていた。豪奢なドレス、輝く宝石に砂糖がふんだんに使われたお菓子の数々。それらと人の噂話で盛り上がり、扇子に隠れて笑い合っていたのだ。
そして彼は、そんな彼女たちの中で、ルチアは違うと思った。だから、後見人を願い出たのだ。
彼がどうして、レヴァント国で騎士になっているのかはわからない。けれど、この国で爵位があるならば、それはこの国で立派に生き抜いてきた証だ。
「第三騎士団の方がそこまでおっしゃるなら……。スターレット様、いかがいたしましょう?」
役人がルチアに問いかける。
またとないチャンスにルチアは頷くしかなかった。
「クリュオス様のご迷惑でなければ、喜んでお願い申し上げます」
ルチアは深々と頭を下げる。
そうして、宮廷内の職種のため適性検査を受けることになった。
基礎語学に算術、マナーといった宮廷内でのスキルは、ほぼ満点を叩き出し、更に役人が軽い気持ちで投げた流通問題については、実際の数字を見せてほしいと意欲的な姿勢を見せて、慌てさせる始末だった。
数日後、ルチアはレヴァント国政策室の文官補佐として配属されたことは言うまでもなかった。




