第3話 騎士様が助けてくれました。
ガタン! 大きな振動にルチアは幌馬車の幕をソッと開ける。
すると、馬に乗ったガラの悪い男たちが商隊を取り囲んでいた。護衛もいるが多勢に無勢、守り切れるだろうか。
「お嬢様……」
荷物の奥で震え出すジーナの元に戻り、ぎゅっと手を握りしめる。大丈夫よ、と声に出したくても、ルチア自身も怖くて言葉が出てこなかった。心臓が激しく音を立てて、呼吸が浅くなる。
盗賊という存在は知っていても、いざ、自分の身に降りかかってくると、こんなに恐ろしい存在なのか。布一枚隔てた向こう側では、男たちの雄叫びと、複数人の乱闘による地響き、剣による金属音が絶え間なく続く。
いつ終わるのか、早く終わってほしい。
恐怖で身体が縛り付けられて、身動き一つできず、ただただ願うばかりだ。
バサッ!
唐突に幌馬車の幕が開いて、光が差し込む。
終わったのか、と目を開ければ、屈強な男が一人、下卑た顔を浮かべながら、足を上げて乗り込もうとしていた。
「お頭ァ! 女がいますぜ!」
その歓喜するような声を聞き、さらなる恐怖がルチアを襲う。その男の喜ぶ意味がわかってしまったからだ。
盗賊に襲われたが最後、女の末路がどうなるかぐらい伯爵令嬢のルチアでもわかる。
(怖い……けど)
こんなところで、終わりたくない。
ジーナをキツく抱きしめ、男を睨みつける。ギシッと幌馬車が揺れて、ニヤニヤと笑うそれは魔獣に見えた。
けれど、人間であれば何かしら交渉の余地はあるはず。ルチアは、頭を高速で回転させて、活路を見出そうとしていた。
「悪くねぇな、こりゃあ、上玉だ」
舌舐めずりされて、生理的な嫌悪感が込み上げる。
無理かもしれない、と思った矢先だった。
「そこまでだ!」
凛とした勇ましい声が響き渡る。
ワァァ、と新たな剣戟が始まり、幕に入ろうとしていた男も弾けるように飛び出していった。
けれど、その男が再び戻ってくることはなかった。
土煙が幕をゆらす。
ルチアは一体、何が起きているのかわからず、未だにジーナを抱きしめていた。混戦の音はいつしか途絶え、物々しい雰囲気も静まってきた。そして、ゆっくりと幕が開いた。
「こちらに——いらっしゃったのですね」
精悍な顔つきの男が、ホッと息を緩ませた。
陽光に照らされて、白銀の甲冑が眩しいばかりに輝き、青みがかった短髪がサラリと揺れた。
真っ直ぐに向けられたアイスブルーの眼差しは、冷たいはずなのに、熱を感じるようだった。
「あ、貴方は……」
「申し遅れました。レヴァント国第三騎士団所属クリュオス・ラヴィスマンと申します」
クリュオスは無骨な手を差し出す。
そのぎこちなく微笑む姿に、ルチアは惹かれるように手を伸ばした。
そして、クリュオスと名乗った騎士は、起きた出来事を説明してくれた。
クリュオスたち第三騎士団は、偶然にも付近で演習をしていたらしい。
盗賊は全員捕縛して、すぐ近くの関所に送られるそうだ。商隊も負傷者はいるものの、軽傷で済んでいる。その報告にルチアは胸を撫で下ろし、無事に王都まで行けることに安堵した。そして改めて、運が味方してくれて良かったと、隣にいる騎士を見て思う。
「この商隊は王都まで向かわれると聞きました」
「はい」
「ならば、この第三騎士団が護衛いたします。盗賊が出た以上、報告をせねばならないので」
「あ、ありがとうございます」
騎士団が護衛ならば、心強い。
ルチアは深々と頭を下げると、クリュオスはすぐに「頭をお上げください」と困ったように言う。
「ですが、クリュオス様は国の騎士団員でいらっしゃいます。私よりもずっと上のお方です」
「私はただの騎士です。どちらかと言えば、貴女の方が上のように感じます」
「えっ?」
クリュオスの少し怪訝そうな表情に、胸がざわめく。
まだ出会ったばかりだというのに、隠れて入国したことがバレたのだろうか。商人が身元の確認のために、うっかり本当のことを話した可能性もある。でもそれなら、すぐに問い詰めるだろう。
一体、ルチアのどこを見て判断したのかわからずにいると、クリュオスは「靴が……」と小声で地面を見た。
臙脂色のヒールは、汚れてはいるものの、明らかに普通の市民が履くものとは違っていた。大半の平民は、皮や木で出来た簡素なものを履く。貴族の子女は、さらに布張りをして色鮮やかなヒールを履いているのだ。その小さな違和感にクリュオスは気づいた。
「こ、これは、その……」
「詳しい話は王都でお聞きします。まずは御身をお守りします」
クリュオスはサッとマントをはためかせて、ルチアの側から離れる。
ジーナと顔を合わせて、どう対処するべきか相談を持ち掛けようとしたが、ジーナはクリュオスの背を見つめていた。
「……ジーナ?」
「はっ、お嬢様! た、大変失礼しました。靴、ですよね。うっかりしておりました。次の宿場町で買い替えましょう!」
忙しなくジーナは手を振って、ルチアに応える。
その態度に思わず、小さく笑ってしまったのは、クリュオスに見惚れていたことがバレバレだったからだ。ジーナは顔を真っ赤にしながらも「御足は痛くありませんでしたか!?」と必死に隠そうと言葉を重ねたため、ルチアはたまらず吹き出してしまった。
「お嬢様ぁ……」
「ごめんなさいね。耐えられない痛みではなかったのだけれど、歩くことを考えると買い替えたほうが良さそうね」
ジーナが見惚れてしまうのも頷ける。
後ろ姿だけでも、周りにいる騎士たちと比べて彼は異彩を放っていた。
背丈は高く、引き締まった体躯、端正な顔立ちはまるで貴公子のようだ。そして先ほど、伸ばされた手に触れたとき、なぜか彼は戸惑うような目でルチアを見つめた。その感覚は今もルチアの指先に残っている。
まるで、触れてはいけないものに触れてしまったかのように、ほんの一瞬だけ彼の瞳が揺らいだのだ。
(クリュオス様……)
ルチアはすぐに首を振って、小さな胸の高鳴りを押しとどめる。
王都に行ったら、自分の正体を明かさなくてはならない。そして、その先でどうなるのか想像すらできないのだ。
だから、王都まで護衛してくれる騎士というだけで十分すぎる存在だ。
ルチアはそう、心に決めて、幌馬車へ戻る。
だが、王都にたどり着いても、クリュオスはルチアの側から離れることはなかった——。
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