6話
「凛ちゃん……嘘だよね……。私を裏切ったりしないよね……?」
『ごめんね、遥ちゃん……。私が前に進むために、必要なことなの。だから、踏み台になってくれる?』
「そんな……。やめて……いやーっ!」
【りん社長が目的地に到着しました!】
【貧乏神がついてしまうのは……はるか社長です!】
軽やかなファンファーレとともに、私の不幸が確定した。
「うう……。凛ちゃん……信じてたのに」
『知らなかったの? 遥ちゃん……私は、目的のためには手段を選ばないのよ』
『お前ら……本当に仲いいな』
『何だか羨ましいですねー』
そして、またたく間に時が過ぎ……私の会社はボロボロになっていた。
苦労して建てた店は借金のかたに売り払われ、運に恵まれずにチャンスを掴めない。
どんどん大きくなっていくみんなの会社を、ただ見ている事しかできず、最終結果はぶっちぎりで最下位だった……。
『本当に遥ちゃん、このゲーム弱いよねー』
「貧乏神が……離れてくれなかったの……」
『何だか本田が可哀想だし、別のゲームにするか?』
『なら、みんなで協力するタイプのゲームにします?』
こうして私は社長をやめて、狩人へと転職した。
華麗な太刀捌きで、みんなを守り抜いてみせるのだ!
「ぐえーっ!」
『知ってた』
『なんで真っ直ぐ突っ込んだのですか?』
『遥ちゃん……なんで普段使ってない武器で来たの?』
ヘッドホンから聞こえる声だけで、三人の呆れた顔が目に浮かぶ。
「だって、良いやつ作れたんだもん……いつもと違うことしたかったんだもん」
『良いやつだからって最適ってわけじゃないんだから……。無理してスタイルを変える必要無いでしょ? 大人しく、いつものボウガン持ってきなさい』
「はーい……」
そして、私は猟師へと再就職した。
……狩人と猟師の違いって何だろう?
「うん、豊作。今日は熊鍋だねー」
『ま、熊相手だし、四人だとこんなものよね。小春ちゃん、素材は集まった?』
『はい、ありがとうございます!』
『んじゃ、そろそろ休憩しよっかー。あ、そうだ。来年度分のインターンの実習計画書、もう用意したかー? 俺は提出したぞ!』
「吉田くんは早いんだって……。でも、私は書いてる最中だよ。月曜日には先生と相談できそうかなー」
『あれ、遥ちゃん。ちゃんと親と話が出来たんだ』
「うん、条件付きだけど、許可をもらえたよー」
『ふーん……良かったじゃん』
『あれ? インターンって、親の許可は必要でしたっけ』
「えっとね……私の場合は、ちょっと特殊なんだよねー」
グミを一粒摘み、口の中に放り込んだ。
強い甘酸っぱさと共に、口の中が唾液で潤い、喉の引っかかりが溶けていく。
「やりたい事がちょっと大変でね? そのインターン先の社長さんたちが、お父さんと知り合いなの。だから、こっそりと申請しても危ない作業もあるからお父さんに確認が行くはずだし、話はするべきだったの」
『へえー……そうなのですね。吉田先輩は終わったのですか?』
『おう、俺はすぐに出したぜ! 申請書も送ったし、この冬と来年、ワイナリーで色々学ばせてもらう予定だな。承諾書が届くのが待ち遠しいぜ!』
「まぁ、吉田くんはそうだよねー。私は来年、日本酒の蔵と、お米の農家に申請する予定かな」
『農家も……ですか?』
「うん……。許可の条件の一つだったんだよねー……」
『二箇所に行くのは大変そうですねー……。山口先輩はどうなのですか?』
『私? 私は……まだ決まってない……かな。醸造学科のあんたらと違って、私は実習計画書は出さなくて良いし』
『ん? そうなのか?』
「そういえば凛ちゃんって、やってみたい事があったんだよね?」
『ま、そうなんだけどねー……。うちの親父、私が親父のところでインターンするものだと決めつけていて、うるさくってさー……』
「あはは……凛ちゃんのお父さん、いい人なんだけど押しが凄いよねー……」
『まあね。漁師の仕事も嫌じゃないんだけどさー……』
『みなさん大変そうですね。私は来年、何処に申請しようかなー』
『よっしゃ、休憩終了! 次は何を狩る?』
「あ、それなら私は雷属性の武器作りたいなー」
『なら、私は氷属性の武器で行きますね』
『了解。んじゃ、さくっと狩りますかー』
こうして哀れな獲物が乱獲され、今日は解散となったのだった。
ヘッドホンを外し、背伸びをした。固まっていた首と背中から心地良い音がする。
そして、リビングに飲み物を取りに行こうとすると、スマホがメッセージの受信を知らせた。
「凛ちゃん……? 話をしたいってなにをだろう……」
コーラを喉に流し込んでから指定された場所に向かう。
薄暗くなり釣り人も減った近所の堤防に、見慣れた姿が立っていた。
「あ、凛ちゃん。 一体どうしたの?」
「あー……さっきの話、ちょっと詳しく教えてくんない? どうやって、お父さんから許可をもらえたのかが、どうも気になってねー」
「お父さんと話した内容だよね。えっと……お祖父ちゃんの蔵は大変な場所だから、まずはお父さんの所で勉強させて欲しい。それで大丈夫そうならお祖父ちゃんの所に行かせて欲しいってお願いした感じかなー?」
「なるほどねー……」
その後何かを一言呟くと、凛ちゃんは暗くなりゆく海を眺めていた。
「ねえ、遥ちゃん。遥ちゃんは、クラゲってどう思う?」
「クラゲ……コリコリして美味しいけど……。そういうことじゃないよね?」
「まあ、そうだね。……実はクラゲって、五億年もの間、今と変わらない姿で生きてきたらしいよ」
話しながら、凛ちゃんが地面に座る。
私も隣に並び、同じように座った。
「凄いよね。何も意思を持っていないように……ただふわふわと漂ってるだけなのに、こんなに長い間生き延びてきたんだよ」
凛ちゃんがこちらを向き、口元が緩んだ。
「遥ちゃんもつい最近までは、お祖父ちゃんのお酒が〜って波に、ふわふわと流されるクラゲみたいで可愛かったのにねー?」
「もー……。何も考えてないみたいに言うなんて、凛ちゃんひどいよ!」
「あはは! ごめんね? でも、遥ちゃんは自分の意思で、一歩踏み出せたじゃん」
凛ちゃんが、星が出始めた空を見上げる。
「ニジクラゲっていう、光の当たり方で色変わるの知ってる? あれめっちゃ綺麗なんだよね」
「うん、聞いたことはあるかな」
「そっか。あれって、自分で光ってる訳じゃなくて、周りの光を受けて、きらきら光ってるんだけど……なんかさ、その話を初めて聞いた小さい時に、妙に憧れたんだよねー」
「憧れ?」
「そ、憧れ。なんか、素敵じゃん? 周りが明るく輝いてたら自分は何もしてないのに、他に負けないぐらいにきらきら輝けるんだよ。まあ、今になって考えたら、なんかずるい気もするけどねー」
「あはは……確かに、ちょっとずるいかも……」
「ま、周りが光ってないと、自分でほとんど動けない、ただの透明な塊なんだけどね? でも、私はそんなクラゲの事がもっと知りたいって昔から思っててね。実は水族館の飼育員になりたいって思ってたんだよ」
「そっか……うん、良いと思う!」
「ん、ありがと。でも、うちの親父が間違い無く反対するだろうから、こうしてグズグズと悩んでるってわけ」
「うーん……お父さんとは話してみないの? 凛ちゃんも、私の時に言ってたじゃん。本当に反対されるかもわからないーって」
「まあ……ね」
言葉が止まり、穏やかな波の音が辺りを包み込む。
周囲は完全に暗くなり、家の方からは灯りが溢れていた。
「わかってはいるんだよね……。でも、やり直しが効くゲームとは違って、すぐには動けないし……。それに、もしもさ……親父に夢を否定されるのも……。ううん、遥ちゃん……今日はありがとう」
凛ちゃんが立ち上がり、埃を払ってから去っていく。
「凛ちゃーん! 私でもできたんだよ! だから、頑張って!」
声をかけると一瞬止まる。
しかし返事はなく、そのまま人影は闇にぼやけ、消えていったのだった。




