2話
祖父の日本酒を飲んだ夜、父の一言が引っかかってなかなか寝付くことが出来ず、ベッドでごろごろしていた。
父に、祖父の酒の意味を聞いてはみたけど「これは言葉で伝えても意味が無い」の一点張りで、何も教えてはくれなかった。
仮に自分がその立場ならどうするだろうか……。
やっぱり命懸けでは守れない。
だって、家族を悲しませるし、一緒に過ごせなくなってしまう。
「うーん……なら、何がお祖父ちゃんを動かしたんだろう……」
普段から抱き枕に使ってるシャチのぬいぐるみを抱き締めながら考える。
祖父が遺した酒というだけでは、父があそこまで心を動かすことも無かったはず。自分の論理ではわからない何かが、きっとあるはずだ。
「お酒って、一体何なんだろう……」
あの後、母も飲んでいたが「あら、意外と飲みやすくて美味しいわね」と言って、ただ父と一緒に楽しげに飲んでいただけだった。
「はぁ、何か納得できないなー」
さっきから同じことばかり考えていて、自分自身に少し苛立ちが湧いてくる。
自分だけだと堂々巡りだ。家族の意見も当てにならず、もっとあの酒について他の人の意見も聞いてみたい……。
友達や教授に飲んでもらうのはどうだろうか?
父に無断だと怒られるだろうが、説得すれば少しぐらいならわけてもらえるはず。
「よし、大学に持っていこう!」
これで何かがわかるかもしれない。そう考えると、さっきまでの熱を持っていた頭が冷えていくように落ち着きを取り戻し、私はいつの間にか深い眠りへと落ちていた。
翌朝、早速父に聞くと……
「開けた分は、もうほとんど残ってないぞ?」
「そんなぁ……。なんで!?」
「そりゃ、飲めば無くなるからだろう……。四合(720ml)だぞ? 三人で飲めば一人あたりコップ一杯ぐらいの量だから、あっという間だろうが」
「うぐぅ……」
「まあ、底にほんの少し残っているから、それで良ければ持っていくか?」
「うん……そうする」
急いで部屋から未使用の香水瓶サイズの透明な小瓶を持ってきて、漏斗を使い移し替える。
光を透かせてみると、一口飲めば無くなる程の量の淡い黄金色に輝く液体は、どこか神秘的にも見えた。
しかし、これだけの量で何が出来るのだろうか?
とりあえず、まずは講義を受けないと……。
朝の支度を済ませて鞄に小瓶を仕舞い込み、通い慣れた道を走り抜けた。
「うーん……」
講義室で小瓶を振りながら眺める。
ゆらゆらと揺れる液体が光を反射する。
一滴も無駄には出来ないが、これしか無いと何をするにしてもどうも心許ない……。
「あれ、遥ちゃん。小瓶なんか見て唸って、一体どうしたの?」
「あ、やっほー、凛ちゃん……。昨日、誕生日だったからお祖父ちゃんのお酒をとうとう飲めたんだよー!」
「おおー! おめでとー! 小学生の時からの夢が叶ったじゃん! で、どうだった? お祖父さんの思いはわかったの?」
「ううん、それが全然わからなくって……。飲んでどう感じるのが正解なんだろう……」
私は情けなさから、机にべちゃりと伏せた。
「これにお祖父ちゃんのお酒が入ってるんだけど……。誰かに飲んでもらって意見を聞きたかったのに、皆で飲んじゃったからこれだけしか残らなくて、どうしようかなーって」
「なるほどねー……。それなら、知識がある人を頼れば良いんじゃない? ほら、醸造学科の石田教授。あの人、日本酒が好きだからこそ、教授を目指したって話だよ」
「そっか……うん、ありがと! そうしてみる!」
笑顔で手を振り、次の講義に向かう凛ちゃんを見送った。
そして今日の講義の後、いつもお世話になっている醸造学科の教授を訪ねた。
「おや、本田さん。講義で何かわからないことがありましたか?」
「あ、いえ。先生、少し相談があるんですけど……」
「ふむ……。どうしましたか?」
本当に任せても良いのだろうか? 少し手に汗をかきながら、ポケットから小瓶を取り出す。
しかし、これできっと何かがわかる……はず!
「あの、こちらのお酒なのですけど、これは……」
なかなか言葉にならなかったが、祖父の酒のことを一通り説明した。
瓦礫の下から見つかったことも、昨日父が涙を流したことも。
「なるほど……。大変でしたね」
「いえ……先生。このお酒って、命を懸けてまで守る価値があるのですか?」
すると、教授は苦笑しながら答えてくれた。
「価値、ですか。なるほど……本田さんは真面目ですね」
「あの、それはどういう……?」
「私個人としては良いことだと思うのですが、少し理屈で考えすぎているのかと」
「はぁ……」
「これに関してはお父様の言う通り、あなた自身が答えを出すべきものでしょう」
教授は小瓶を摘み上げ、私の目の前に差し出す。
「もしも、この中身がただの水だったらどうだったでしょう。あなたのお父様は、泣いていたと思いますか?」
「それは……」
心に衝撃が走った。その言葉が胸の奥に沈んでいく。
わからない。でも、何か意味がある問いであることだけは、わかっていた。
「今は、無理に答えを出そうとしなくても大丈夫ですよ」
教授の目をしっかりと見つめ、頷いた。
「ところで、本田さん。こちらの小瓶は開けてみてもよろしいですか?」
「えっ? あ、はい。どうぞ……」
教授は先ほどとは違う笑顔で、小瓶の中の匂いを嗅いだ。
「ふむ……これは……」
「何かわかるのですか?」
「うむ……これは少し嗅いだだけでわかります……。実に素晴らしい! 鼻に抜ける豊かで複雑な香り。ひねた感じも無く理想的な熟成感! 実を言うと、取り出したのを一目見た時から気になっていたのですよ」
「先生……?」
「本田さん……。これを一口……いえ、ほんの少しでいいのです。飲ませてはいただけませんか!?」
「先生……。色々台無しです……」
思わず脱力した私は結局、品質の検査をしてもらうこと。検査に使った残りは自由にして良いことを条件として、教授に小瓶を渡す事となった……。
実に不安であるが、今は信じて任せるしかなかった。
じゆうに文庫小説大賞のせとうち部門の募集要項について……
せとうちをテーマにした小説を募集……ほぼ全ての参加作品は、この企画を知ってから一から書き始める必要あり。かつ、その土地の事も知っている必要があるために地元民でも調べ物必須。しかも、ジャンルもある程度絞られる。
7万字以上必要……文庫本一冊分ぐらい
募集期間………3/16〜6/15 年度末と年度始めの忙しい時期を含む、たったの3ヶ月間。なお、この期間には物語の内容を考える期間も含まれる。
……鬼かな? これを企画した人。




