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遥なる酒  作者: かきのたね


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18/22

17話

 バレンタインも過ぎ去り、2月も終わりが近付いて来た頃。久しぶりに里中先輩が部室へと顔を出していた。


「あ、里中先輩。お久しぶりです!」


「よお、元気にしてたか?」


 その一言で、みんな作業の手を止めて集まった。吉田くんと松岡先輩はトランプをして遊んでいたが、同じようにカードを置いて集まる。


「あ、里中先輩こんにちはー。お土産は何かないのですかー?」


 にこにこと里中先輩に近づく小春ちゃん。卒論でしばらく不在だった先輩相手に、そんなものをねだっても――


「ほらよ」


 あるようだ。ロリポップとか、ぺろぺろキャンディと呼ばれる渦巻き型の棒付きのキャンディー。そんなものを小春ちゃんに渡しても――


「わーい」


 いいらしい。すぐに包装紙をはがして舐め始める……何なのだろうか、この二人……。思わず小春ちゃんを見る。


「あげませんよ?」


「別にいらないよ……?」


 私の返事に何か思うことがあったのか、舐めるのを中断して真剣な表情をした。


「そうですか……知らないのですか……? 本田先輩」


「え、何が……?」


 急な変貌に、思わずひるむ。小春ちゃんが横まで近づき、小声で囁いた。


「こういう飴……買うと、実は結構高いんです」


 もの凄くどうでもいいことだった。


「……そうなんだ。ごめんね? 食べるの邪魔して」


「わかればいいのです」


 むふーっと鼻息を吐きながら、再度飴を舐め始める小春ちゃん。時々、この子のことがわからない……。私は小さく息を吐き、視線を先輩へと戻した。


「里中先輩……なんで、こんなのを持っていたんです?」


「そりゃ、何かねだられると予測してたからな。近所のスーパーに買ってきただけだぞ? ま、ガキンチョのことはおいといて、話を始めるぞー」


 むくれながらガキンチョじゃなくてレディです! と抗議している小春ちゃんを華麗にスルーして、会議が始まった。


「次の部長についてなんだが……」


 空気が静まり返る。緊張した空気の中、皆が里中先輩の次の一言を待っていた。


「……前は松岡に任せようかと思ってたんだが、最近は少し……いや、かなり不安でな。松岡と小川。どちらの方が部長が相応しいのかを、多数決で決めようかと思う」


「……俺の何がダメなんっすか!?」


「お前……最近、誰彼構わず女子をナンパしてんだろっ! 卒論書いてる途中でも、こっちに苦情がきてんだよ! 多数決はせめてもの情けだわ!!」


「えーっ……」


 珍しく、小春ちゃんもドン引きしている。里中先輩が不安になるのは当然の理由だった……。冷ややかな視線が松岡先輩に突き刺さるが、全くダメージはなさそうだ。結局、多数決の結果は松岡先輩以外の満場一致で、小川先輩が次期部長になったのだった。


「ちくしょう……納得いかねぇ……。俺はただ、可愛い女の子を褒めてただけなのに……! 可愛い子を可愛いって言って、何が悪かったんだ……!」


「そういうところがだめなのよ……」


 床に這いつくばる松岡先輩と、見下ろして呆れる小川先輩……。


「松岡先輩……。だから、いつもやめるように言っていたのに、治さないからこうなるんです」


 凛ちゃんが腕を組み指摘する。


「松岡先輩の褒めるは、ちょーっとデリカシーがないのですよねー」


「うぐっ……」


 小春ちゃんが、松岡先輩の隣に座って追撃する。


「凛ちゃんも、度々デートどうかって聞かれて迷惑そうにしてたもんね」


「……え、まじで?」


「それも気づいとらんかったんかい!」


 私の言葉に反応する松岡先輩。思わず小川先輩もツッコミを入れざるを得なかったらしい。


「そうか……。俺さ……親友から女の子は度々デートに誘うぐらいが、仲良くなるコツだって聞いててさ……」


 何か、急に自分語りが始まった。


「その親友、早く縁を切ったほうがいいんじゃないですー?」


 小春ちゃん、気持ちはわかるけど少しきつくはないだろうか? だが、松岡先輩はそんな一言もスルーする。


「断られても、そのまま付き合いがあるなら照れてるだけだって信じてたんだ……。だから、山口! 小川! それと、姫野! いままですまんかった!」


 ……あれ、私は? 自身を指差し、松岡先輩をじっと見つめる。


「……ん? あー……本田もすまんな!」


「なんで私はスルーされたのでしょうか……?」


「いや、なんかお前って俺の妹に似てるから、褒めた事は一度もなかったはずだし……」


 確かに言われた記憶はない……変な目で見られていなかったということなのだが、胸のうちにもやもやしたものが残り釈然としないものの頷く。こうして一悶着あったものの、来年度のサークルの部長が確定した。


「……あ、そうだ。里中先輩、もうすぐ卒業ってことで、みんなでお祝いを用意したんです!」


 胸の前で手を叩き、話題を切り替えた。吉田くんと松岡先輩を見たあと、女子メンバー……小川先輩に小春ちゃん、そして凛ちゃんと目を合わせる。小さく頷き、各々が鞄に移動してから包みを取り出した。

 まずは女性陣のみが里中先輩のもとに集まる


「ん? おお、ありがとうな! これは……全部ハンカチか。助かる」


「土いじりするなら、何枚あっても足りないでしょう? あと、私からは追加でこれね」


 小川先輩がハンカチに引き続き、追加で箱を取り出した。


「今治のタオルか……わざわざすまんな」


 タオルの箱を手渡して小川先輩が引くと、次は松岡先輩が小さな箱を持ってきた。


「俺たちからはこれっす。良かったら、普段から使ってください」


「これは……防水機能付きの腕時計か。悪いな、高かっただろうに……」


 小川先輩の方をちらりと見ると、口元に人差し指を置いていた。もしかして買い物に行った時に、凛ちゃんが提案した腕時計を案から外したのは、松岡先輩と何かしらの連絡を取っていたのだろうか……。


「本当にお世話になりました! 腕時計の代金は二人で出したんですけど、ほとんどは松岡先輩が――」「余計なことは言わんでいい」「いてっ」


 松岡先輩が吉田くんの後頭部を軽くはたく。


「いやいや、吉田もこんなよくわからんサークルなのに、真面目に活動してくれてありがとな」


 そう言い、里中先輩がすぐさま腕時計を装着していた。防水だけではなくて衝撃にも強い事で有名なブランドの、黒くてシックな腕時計。吉田くんと松岡先輩の、里中先輩への想いが私にもよく伝わってくる。

 ただ、この集まりの終わりが近づいていることを、強く感じさせられた。


「おっと、そうだ。本田、後で話があるから、このあと広場に来てくれ」


「あ、はい。わかりました」


 そして、松岡先輩が里中先輩に部室で漬けていた、ちょうど食べごろのへしこをプレゼントしたり、みんなでトランプをしたりしてから今日の活動は終了した。

 その後、夕日の中を一人で広場へと向かい、ベンチに座る。名指しで呼ばれるとか、一体何なのだろうか?

 こういう漫画や小説で見るようなシチュエーションでの呼び出しは……まさかとは思うのだが、色々考えていると少し心が高鳴った。特に理由は無いのだが、手櫛で髪の毛を整える。


「すまんな。待たせたか?」


「いえ! さっき来たところです!」


「そうか……俺が居ない間に、ちゃんと山口と仲直りできたみたいだな」


「あっ……はい……」


 少しだけ肩が落ちた。


「お前と山口の関係が、一番の心残りだったからな。ま、なんとかなったみたいで……良かったよ」


 里中先輩は、何処か遠いところを見ながら微笑んでいた。


「あの……先輩。昔、何かあったのですか?」


「……なに、大したことじゃない」


 里中先輩が、私の隣に座った。


「俺にも幼馴染がいてな……あいつは俺と違って頭の出来が良くて、良いところの大学を受験するって言って、必死に勉強してたんだ」


 先輩が、缶コーヒーを開けて一口飲む。そして、ゆっくりと話し始めた。


「だが、その受験は失敗した。滑り止めの大学には受かっていたその幼馴染に、努力を横で見てたからこう言ったんだよ……でも、あんなに頑張ってたんだ。努力は無駄にはならないはずだってな」


 そう言った後、先輩は少しの間詰まったかのように言葉を止めた。


「そしたら、言われちまったよ……将来が決まってるお前には、俺の気持ちなんてわからないよな。だから、そんな綺麗事が言えるんだよってな」


 思わず息を呑む。


「そんな事が……あったのですね……」


「ああ……必死にそんなつもりじゃないって説明したが、そこからは連絡なんて一切無しだ。正直、殴られたほうがまだマシだったよ」


 凛ちゃんと仲違いした時のことを思い出す。もしも、変に言い訳をして更に拗れていたら……? もしも、挨拶すらせずに距離が離れていれば……? 私たちも、一歩まちがえれば同じような事になっていたかもしれない。


「それで、本当に自分が家を継がないとだめなのか……継ぐ覚悟があるのか……。よくわからなくなってな……その覚悟があるのかを確かめたかった……。しばらく悩んだあと、自分探しの旅ってやつか? 自転車で日本一周の旅に出てみたんだよ」


「そうだったのですか……」


「ああ……ま、その旅では色々あったさ。良いことばかりじゃなく、悪いこともあった。そして、考える時間は山程あった……どうすりゃ良かったんだろうってな」


 先輩がこちらを向いて、笑いかける。どこかすっきりした、憑き物が落ちたような顔だった。


「その時のことが、役に立ったみたいで良かったよ」


 先輩は、そう言って残りのコーヒーを飲み干した。


「家に戻ったら、俺もあいつに連絡してみようかね……ま、どうなるかはわからんが」


 オレンジ色から紫へと移り変わる夕空の下、先輩の横顔は、どこか遠い未来を見つめているように見えた。


「あの……先輩! 頑張ってくださいね! 私、応援してますから!」


「おう、ありがとよ!」


 立ち去ろうとする先輩。その時、ふとあることを思い出した。今しか渡すチャンスがないかもしれない。私は鞄から、あるものを取り出した。


「あ、そうだ……あと、先輩。良かったらこれどうぞ」


「ん? サンキュー……って、なんだこれ」


「しば漬け入りのソフトキャンディです」


「……なんで、これを?」


「サークルのみんなに一袋ずつ配ったので、先輩にもと……」


「……なんで、このタイミング?」


「……なんか、すみません」


「はあ……まさか、お前まで吉田枠だったとはな……」


 額を抑えて、なんとも言えない表情の里中先輩に見つめられる。大変不名誉な事を言われたが、何も言い返す事は出来なかった……。


 そして……しばらくしてから里中先輩は卒業し、実家へと帰っていった。サークルでの連絡用のグループからも名前が消え、何かが足りなくなったように感じる。

 しかし、私は残された個別の連絡先を見つつ、何かあればいつでも相談しろと言ってくれた言葉を思い出しながら、進むべき道……春からのインターンへの準備を進めていたのだった。

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