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遥なる酒  作者: かきのたね


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17/22

16話

 バスに揺られること1時間半。バスは終点である三宮に到着した。降りてすぐに感じるのは、地元のそれとは全く違う都会の喧騒。目の前を行き交う無数の車と、頭上の高架から響く電車の騒音に、まるで別の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えた。


「さあ、まずは古着屋から行くわよー!」


「おー!」


「じゃ、ついてきなさい!」


 高架下で人の隙間を縫うようにずんずん進む小川先輩と小春ちゃん。私と凛ちゃんは置いていかれないように、後をついていく。

 高架下は細長い商店街になっていた。カジュアルな服や靴、帽子といったファッション関係の店が所狭しと建ち並んでいて、おしゃれに関する圧力を全方位からびしびしと感じていた。

 周囲をきょろきょろと見渡しながらついていき、数分歩いたところで小川先輩の足が止まって振り返る。そして、腰に手を当てて、こう宣言した。


「さあ、このあたりで探すわよ! 古着だけではなく新品もあるから、きっと良い物が見つかるはずよ」


「かしこまりました、隊長! では、私はあちらの店を探索してきます!」


「じゃ、遥。私はメンズの店をちょっと見てくるわ」


 おどけるように敬礼をしてから店に突撃する小春ちゃんと、デニムが多そうな店へと入っていく凛ちゃん。そして、足を肩幅に開いて腕を組み胸を張るように立っていた小川先輩が、一軒の店の入口に移動したかと思うと手招きして私を呼んだ。


「さあ、遥ちゃん。あなたはこっちよ」


「あ、はい」


 指示された店を見る。入口には壁にまでカジュアルな服がかけられており、今の服装で入るのには少し抵抗があった。

 中を覗くと色とりどりの服で埋め尽くされた狭い通路が迷路のように見え、そこを彷徨(さまよ)う人は時折服を手に取って真剣に見つめている。だが、服をすぐに元の場所に戻すと別の通路に向かい、再び迷宮へと旅立っていた。


 並ぶ服は多種多様で何があるのか……そして、何を探せば良いのかも全く分からない。店に踏み入れようとして、思わず立ち止まった。ひどく場違いな場所に迷い込んでしまった。そんな足元が崩れるような感覚が襲いかかり、一歩下がったところで背後から肩を叩かれた。


「ひゃうっ!?」


「あら、驚かせちゃったみたいね。遥ちゃん、どうすればいいか悩んでるの?」


「えっ? あ、はい。何もかもがわからなくて……」


「そう……なら、私が手本を見せてあげる」


 そう言い、小川先輩は私の手を引き、店の中に入って行った。左右のラックを観察する姿は頼もしく、その背中は堂々としていて、確かな自信に満ち溢れているように見えた。


「店員さん、すみませーん。この子に似合うアウターを探しているのですけどー」


 ……気のせいだったみたいだ。


「いらっしゃいませー。わぁ、すごく可愛らしい格好ですね! ふわふわでとても素敵ですよ! そうですねー……ここからどういう感じにしたいですか?」


「えっと……ちょっと落ち着いた感じになりたいのですけど」


「はい、かしこまりましたー! 少しお待ちくださいねー」


 テンションが高い店員のお姉さんが、少し離れたラックから一着のジャケットを持ってきた。


「こちらの黒のショートダウンはいかがでしょうか? 新品特有のテカる感じとは違ってマットな質感でツヤが抑えめなので、今の可愛らしいコーデにも合わせやすいですよ! 上にサッと羽織るだけで甘さを引き締めつつすっきり見せてくれますし、コンディションも良い一点物でこの値段はかなりお得です!」


「あ、はい……」


 半分ぐらいしか理解できなかったが、おすすめだということは伝わってきた。


「よかったら試してみますか? 鏡はこちらですよ」


「えっと……」


 隣の小川先輩の方を見ると、笑顔で小さく手を振っていた。そのまま店員さんに連れられて、鏡の前に立つ。

 そこで店員さんに今の上着を預けて、ショートダウンを羽織らせて貰った。しっかりと袖に手を通すと、店員さんから声をかけられる。


「今の服装ですと、ラフに羽織るとバランスいいですよ」


 そう言って、少し上着を直してくれた。

 ショートダウンは私の体のサイズに、ほぼぴったりだった。裾は腰の上あたりまでしかない短めの丈のおかげで、ボリュームのあるスカートのフリルを潰すことなく綺麗に収まってくれている。ダウンの隙間から覗く胸元のリボンの可愛らしさも、ちゃんと維持できている。先程までのピンクでふわふわした印象から、黒に変わって少し落ち着いた印象に変わった気がした。


「あ……これ、いいかも」


 ぼそりと一言呟くと、店員のお姉さんが自慢げに頷いていた。


「あとは、そのベレー帽を変えるか外すと、もっと落ち着いた雰囲気になりますよ。もっとシンプルな帽子に変えると全体的にすっきりするので、よかったら帽子も見ますか?」


「あ、いえ! 大丈夫です!」


 店員さんの提案を慌てて断る。上着だけでいっぱいいっぱいなのに、帽子まで見ていくと頭が爆発してしまいそうだ。


「ありがとうございました! あの、こちらをお願いします!」


「ありがとうございます。では、お会計はこちらですよー」


 お会計を済ませる……。可愛い服は買えた。だが、お値段の方は、思っていたよりも可愛くなかった……。

 紙袋に着ていた上着を入れてもらい、軽くなった財布のことを考えながら店を出ると、先に出ていた小川先輩が立っていた。


「お帰りなさい。……うん、いいじゃない! 黒が全体を引き締めてくれたみたいね。ちょっと着膨れして見えそうなら、そうやって少し肩を落として羽織るといいわよ」


「着方も考えないといけないとか、おしゃれはやっぱり難しいですね……」


「そりゃそうよ。私だって、完璧に理解してるわけじゃないし」


「そんなものですか……」


「そんなものよ。ところで、足は大丈夫かしら?」


「はい、ちょっと痛くなってきましたけど……まだ大丈夫です」


 少ししゃがみ、ブーツの上から足をさすりながら答えた。


「そう……無理はしないでね? じゃあ、みんなが戻ってくるまでここで待ちましょうか」


 そして、少しの間店先で待機する。しばらくしてから凛ちゃん。そのすぐ後に小春ちゃんが戻ってくる。二人とも手には紙袋を持っていたが、小春ちゃんは明らかに量が多かった。


「遥、そのジャケット買ったんだ……ふーん、可愛いじゃん」


「さっきのも砂糖菓子みたいに甘々で可愛かったですけど、こなれた感じが出ていて素敵ですよー! 足も長く見えてグッドです!」


「ありがと! ところで小春ちゃん、そんなに買ってお金は大丈夫なの?」


「私、大きめのキッズサイズの服で大丈夫なので、比較的安く買える事が多いんですよねー。この古着のデニムジャケットなんて500円でした」


「なんかズルい……」


 私もそんな値段で買いたかった……。


「ま、処分品ですしねー。他にもブラウスとかもセールされてたのでラッキーでしたー」


「ふうん……今からデパートに行くのに、そんなに買って大丈夫なの?」


 ニコニコと笑顔が溢れる小春ちゃんに、凛ちゃんが腰に手を当てながら尋ねる。確かに、両手が塞がっていてかなり動きにくそうだ。


「あっ……。仕方ないから、駅のコインロッカーでも借りちゃいますかねー……」


「それがよさそうね。じゃ、元町の方まで行きましょうか」


「あ、大きめのロッカーを借りない? 私も荷物を置きたいし」


 そしてロッカーに荷物を預け、とことこ歩いてデパートへと向かう。


「そういえば、里中先輩の卒業祝いは何を贈ります?」


 私が質問をし、


「ハンカチとか良いんじゃないですかー?」


 小春ちゃんが軽く言った。


「腕時計も良いんじゃないかな。防水のやつとか」


 そして、凛ちゃんが考えながら提案する。


「そうねぇ……腕時計は予算オーバーになるかもしれないわね。ちょっといいハンカチを探して、一人一枚ずつ贈るのはどうかしら?」


 更にそれを小川先輩が決裁した。ちょっとしたことではあるが、この繋がりが何だか心地良かった。

 いざデパートに到着し、エレベーターで売り場へと向かう。すると、エレベーターの壁には非常に興味を引かれる催しについて書かれていた。


「ねえねえ、バレンタインフェアをやってるみたいだよ!」


 そう、今は2月に入ったばかり! せっかくの遠出。せっかくの集まり。そして、この集まりに相応しい催し物……。

 これに行かなくてもいいのか? 否、行かなくてどうするのだ!


「えーっ……凄く人が多くて大変だと思うので、やめたほうがいいと思いますよー……?」


「うーん……。どうしてもって言うなら止めないけど……」


 何故か消極的な小春ちゃんと小川先輩。凛ちゃんはどちらでも良さそうな感じだ。


「でも、せっかく遠くまで来たんだし……ね?」


 こんな機会は滅多にないのだ。提案に小川先輩は、少し考える様子を見せる。


「そうねぇ……じゃあ、各自人数分のチョコをそれぞれ買って、後で交換しましょう?」


「まあ、しょうがないですねー……それはそれで面白そうですし」


 売り場に到着し、わいやいと相談しながら私達は無事にハンカチを買い終えた。それからバレンタインフェアの会場である地下の洋菓子売り場へと向かうため、再びエレベーターに乗り込むと、その中で小春ちゃんが不吉な事を告げた。


「本田先輩……あんな提案をしたのです。覚悟は当然できてますよね?」


「えっ……?」


 すぐさまエレベーターの扉が開く。そこから一歩出ると……そこは、紛れもなく戦場だった。

 会場の中に溢れる熱気。隙間なく流れ行く人々。今まで歩いてきた人混みなどは、比べ物にならないほどの人の数。


「それじゃ、私はあっちに行きますねー」


 怖気づくことなく出撃する小春ちゃん。


「私はあれでも買おうかしら……」


 慣れた様子の小川先輩。


「遥……頑張ろっか」


「……うん」


 ……何故か味方は凛ちゃんだけになってしまったようだ。その凛ちゃんも人の流れに一歩足を踏み入れると、あっという間に人の津波に巻き込まれていく。目線で追いかけようとしたが、すぐに何処かに流されて行ってしまった……。

 孤立したとたん、足の痛みを思い出す。しかし、こんなところで止まっていられない!


 勇気を出して一歩踏み出す。

 即座に人の流れに流される。

 反対方向に行きたいのに向かえない。

 ブーツが擦れて痛みが走る。

 しかし、立ち止まって休憩することすら出来ない。

 買い物しようにも店の列がわからない。

 最後尾がわからず、どこに並べばいいかわからない。

 曲がろうとしても隙間がない。

 気がつくと、さっき見たはずの店の横を通り過ぎていた。

 そもそも、動こうとしても流れに逆らえずに動けない。

 そして、ここが何処かもわからない……。


 痛む足を必死に流れに合わせて動かしていると、やがて人の密度が下がる場所に辿り着く。堪らずに抜け出して、一つ深呼吸を行う。

 人の流れから抜け出た先……そこにあったものは、漬物屋だった……。


 ……あ、しば漬けの入ったソフトキャンディなんてあるんだ。買っておこう……。


 へろへろになりながらみんなに連絡を取り、ほうほうの体でデパートを脱出して喫茶店に逃げ込んで、今に至る……。


「都会……怖いの……」


 魂が口から家出しながら、ポツリと呟く。


「あれだけ人が多いとは思わなかったわ……」


 疲れた様子で凛ちゃんが呟く。


「あむっ……むふー……。だから、覚悟は出来てますよねって聞いたじゃないですかー。正直言うと、あの人混みは私もきつかったですしねー」


 小春ちゃんは、そんな様子も見せずにチーズケーキでご満悦。


「ああいう人混みでは、移動するのにコツがあるのよ。ちゃんと、隙間に割り込むぐらいしないとだめよ?」


 全然余裕そうな小川先輩。大都市大阪出身は伊達じゃないらしい。


「さて、お楽しみのチョコの交換をしましょうよー。私からは、じゃーん!」


 小春ちゃんは、バレンタインデーにチョコレートを贈る元祖である、神戸の有名店のチョコを買っていた。小さな可愛いチョコが8個入っている、とてもおしゃれなものだった。


「私からはこれね」


 小川先輩は、芦屋に本店がある超有名洋菓子店のショコラのフィナンシェを。

 とても可愛い箱の中に、2つだけ入っているものらしい。


「私は……こんなのしか買えなかったかな」


 凛ちゃんは、洋菓子売り場では買えなかったのだろう。それでも、チョコのまんじゅうを人数分買ってくれていた。


「言い出したのは私なのに……ごめんね……」


 そして、私が差し出したのは……


「「「……なにこれ?」」」


「しば漬け入りのソフトキャンディ……」


「なんでこれを……?」


「お菓子売り場から……叩き出されたの……」


 最後の力を振り絞ってカフェオレを一口。そして、大きく呼吸をしてから、みんなに伝える。


「……そして、気がついたら漬物屋さんの前でした」


「「「あぁー……」」」


 生暖かい視線が私に振り注ぐ。情けなさで視界が歪みそうだ……。目線を逸らして一口食べたチーズケーキは甘いけど、何だか少ししょっぱかった……。

 こうして人生で初めての女子会は、反省点だらけで終了した……。次の機会があれば、もっと華麗に、スマートに乗り切ろうと決意したのでした……。

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