14話
二月に入り、長期インターンに行っていた二人も戻ってきた。だが、それと入れ替わるように、里中先輩が卒論が最終仕上げ中で、もうほとんど部室に顔を出せなくなってしまった。
ほぼ全員が部室に揃った。それによりサークル本来の賑やかさがほぼ戻ったが、どこか懐かさと寂しさが入り混じった気持ちになる。
「松岡先輩。先日はノートを貸していただき、ありがとうございました」
「あの程度気にすんなって。山口、どうしてもっていうんなら、今度デートでもどう?」
「いえ、遠慮させていただきます」
「はは、つれないな!」
凛ちゃんから冷たい視線が送られるが、松岡先輩はいつものことと言わんばかりに全然気にしていない。松岡先輩の、いつも軽口を叩く事だけは何とかして欲しいかもしれない。汚れ仕事や力仕事は率先して引き受けてくれるので、頼もしくはあるのだが……。
凛ちゃんが、しっしと松岡先輩を手で追い払うと、お次はさっきまで小春ちゃんと話していたはずの小川先輩が近くに来ていた。
「小春から聞いたわよ。あんたたち、私が居ない間にずーっとぎくしゃくしてたんだって?」
「ん、そうだったんか? 珍しいな」
「遥ちゃんなんて、すっごい落ち込んでいたらしいじゃないの。私がその場にいたら、慰めてあげたのに!」
糠床をかき混ぜる作業中なのに、横から抱きしめられて頬擦りされる。
……訂正。松岡先輩の軽薄さだけではなく、小川先輩のこういう距離感が近すぎるところも、少し何とかして欲しいかもしれない。
「あの、先輩方……話はいいのですけど、まずは糠床の世話をしていただけませんか? 特に、松岡先輩……あの漬けている最中の鯖、早く何とかしていただけると助かるのですが」
糠床の世話をしながら、先輩達に苦情を言う。サークルなのだから、話をする前に一応最低限の活動だけはしてほしい……。
「ああ、へしこ(鯖のぬか漬け)はちゃんと別に置いていただろう? 野菜と違って糠床をかき混ぜなくてもいいから、あれでいいんだよ。あれで」
「あ、そうだったのですね。すみません……先輩不在の間、毎週かき混ぜてました……」
「いやいや、気にすんなって。俺も言い忘れてたみたいだしな」
そんなやり取りの最中、先に作業を終わらせていた吉田くんが凛ちゃんの鞄を見て、何かに気が付いていた。
「なんだ、このストラップ? こんなのつけてたっけ」
「別にいいでしょ。そんなの」
糠床をかき混ぜる手を止め、そちらの方を見る。吉田くんに対して、凛ちゃんが鞄を体の後ろに隠していた。しかし、それでも吉田くんは止まらない。覗き込むようにストラップを見ようとし続けている。
「しつこいわね……何がしたいのよ、あんた」
「いやー、面白いストラップだと思ってな! どこで売ってんの? それ」
「さあね。これは、貰い物なんだから、知りたいなら自分で調べなさい」
そんな様子を私が見ていることに気が付くと、凛ちゃんがストラップをこっちに見えるように揺らしてくれていた。そして、言われた通りに素直にスマホをいじり始める吉田くん。それほど、あのシャチが気になったのだろうか? 相変わらず、彼についてはよくわからない……。
気を取られながらも作業を終えて糠床を冷蔵庫に入れると、先輩方に聞きたかったことを尋ねた。
「すみません、先輩方。インターンはどんな感じでしたか?」
「ん? そうだな、俺の場合は今年の単位は余裕があるから長めで、知り合いの船で3か月ほど手伝ったんだが、かなり儲かったかな。タコがいい感じに獲れて、普通にバイト感覚だったぞ。ま、やってることは実家の手伝いとほぼ変わらなかったな」
「良いわねー……私は、ひたすらワインの瓶にラベルを張る作業をしていた感じね。最初は仕込み作業の手伝いだったから勉強になったのだけど、瓶詰めの時期が来たら一日中ずーっとこれだったのよね……黙々と単純作業で、かなり腰が辛かったわ」
小川先輩の話を聞いて、ふと思い出す。
「そういえば吉田くんも、小川先輩と同じワイナリーにインターン行ってたんだっけ?」
「ああ、まあな。でも俺の時は一か月だけだったし、大した作業はさせてもらえなかったな。先輩が仕込みの手伝いしてる横でブドウを運んだり、なんか道具洗ったりばっかりだったぜ!」
「へぇー、そんなものなんだ」
「おう、そんなもんだ。まあ、普通はインターン生に重要な仕事なんて、任せてくれるわけねぇって」
「それもそっか……凛ちゃん、そんな感じらしいよー」
「言われなくても、ちゃんと聞こえてるわよ」
話を聞いて、凛ちゃんが何やら考え込む様子を見せる。その姿は最近感じていたような暗さは感じず、静かに何かを考えているように見えた。
騒々しくものんびりした空気の中、松岡先輩がみんなに話しかける。
「そういえば、里中先輩の卒業祝いはどうするんだ? 俺らもずいぶんと世話になったし、何かしらやりたいよな」
「そうよねー……。男性陣と女性陣で別れて、何かプレゼントするなんていうのはどう? 私達は四人で何か買ってくるから、あんたらは二人で何か用意してあげたらいいじゃない」
「吉田と二人で買い物に行けってか……全部で6人なんだから、男女混合の3人ずつでいいだろ?」
「嫌よ。あんたに私のかわいい後輩を任せるとか、何しでかすかわからないじゃないの」
「信用ねぇなぁ……俺にとってもかわいい後輩だってーの。嫌がるなら何もしねーよ……」
項垂れながらぼやく松岡先輩。しかし、松岡先輩には悪いが、私も小川先輩の意見に賛成である。
「……まあいい。吉田、広場に行くぞー。何するか、向こうで相談しようぜ」
「了解っす。んじゃ、みんな。ちょっと行ってくるわ」
松岡先輩に引き続き、吉田くんが部室から出ていき、ぱたんと扉が閉まる音が聞こえる。
そして、部室には女性陣のみが残された。
「はぁ……やっと落ち着いたわね」
「お疲れ様。本当に凛ちゃん、松岡先輩が苦手だよね」
「あいつ、胸元に視線が来たりするのが、本当にうっとうしいのよね……」
なお、私には一度もそんな視線が来た記憶はない。いや、別に羨ましくなどないのだけど……。
そして「わかるわー」と、深く頷く小川先輩。小春ちゃんまでもが微妙な顔をしていた。
何故だろうか……。特に深い意味はないが、自分の胸元を確認してしまう。そこはかとなく格差を感じた気がするが……まあ、考えないことにした。
「松岡はあれでもへたれだから、警戒しとけば平気よ、平気。それよりも、里中先輩へのプレゼントはちゃんと考えないとね。何が良いかしら?」
「あ、それなんですけど……」
私は小春ちゃんと凛ちゃんに順番に目を合わせる。二人が小さく頷くのを確認すると、話を進めた。
「実は、小春ちゃんから、三宮にとっても美味しいチーズケーキのお店があるって教えてもらったんです。小川先輩が戻ってきたら、サークルの女子みんなで行こうって話をしていて……」
「えっ!? いいじゃない!」
予想通り、小川先輩の目の色が変わる。
「いつ!? いつそんな話をしてたのよ! 三人で目配せして通じ合うなんて、なんかずるいじゃないの!」
「あはは……ですから、今誘ってるんです。それで、その女子会のついでに、みんなで里中先輩の卒業祝いを買いに行くのはどうかなって」
「行く! すぐにでも行きましょう! 今週末なんてどう?」
身を乗り出さんばかりの勢いの一言に全員頷き、今週末に確定した。それにしても、女子会に対する小川先輩の圧が凄い。
女子会当日は、少し気合を入れた方がいいかもしれない。
「じゃあ、決まりね。里中先輩へのプレゼントについては、デパートを見て回ることにしましょうね」
「それが良さそうですねー。では待ち合わせ場所はどうするのですか?」
「あー……高速バスの停留所でいいんじゃない? 確か終点だから、バス一本だし……って、遥どうしたの?」
「え? あ、ううん……なんでもないよ」
慌てて首を振る。しかし、意識は家のクローゼットの中に飛んでいたのだった。




