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遥なる酒  作者: かきのたね


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12/22

11話

「あけましておめでとう。先輩がた、今年もよろしくお願いします」


「あけましておめでとう。小春ちゃん、それと……凛ちゃんも……今年もよろしくね」


「あけましておめでとう。……こちらこそ、よろしく」


 挨拶の後は空気が固まり、言葉が続かない。

 あれからも無情にも時は過ぎ、新年の挨拶でもこの有様だった。


「あけましておめでとう。卒業までの短い間になるが、今年もよろしく頼む」


「あけましておめでとう! 里中先輩も卒業かー……。確か、実家を継ぐんっすよね?」


「ああ。採れた美味いもん、たまに送るから楽しみにしておけよ?」


「あ、里中先輩。私はイチゴをおねがいしますねー」


「だから、うちではイチゴは育ててねぇよ……大豆や野菜と鶏を育ててるって、この前も言ったじゃねえか」


「えー……でも、イチゴは野菜ですよ? だから、おねがいしますね」


「はあ……まあ、考えておくわ」


 脱力する里中先輩と、にこにこと笑う小春ちゃん。

 ……この様子だと、先輩は本当に育て始める事になるかもしれない。吉田くんがイチゴのぬか漬けを作ることだけは、絶対に阻止しなければならなさそうだ。


「お、イチゴなら安かったから、入れておいたぜ!」


 ……手遅れだったかもしれない。


「……吉田先輩、まさかぬか漬けにはしてませんよね?」


「いや、流石にイチゴをぬか漬けにする奴はいねーだろ」


 皆の心が一つになる。

 お前が言うな。そんな視線が集まった。


「みんなで食おうと思って、冷蔵庫に入ってるぜ! 一人一パック買っといた!」


「吉田くん……流石に、ちょっと多くない?」


「なんと、五パックで九百円だぜ!」


「……安すぎて、逆に怖いんだけど」


 凛ちゃんの呟きに、心の中で同意する。


「バイト先の見切り品だからな」


「あ、ならすぐに食べないとですねー」


 小春ちゃんが目を輝かせて、言うやいなやすぐさま動いてイチゴを全てまとめて洗う。そして、容器に入れてテーブルに置いたかと思えば、いち早くイチゴに齧りついている。


「早くしないと、無くなっちゃうかも!」


「落ち着いて食えよ……」


 結局、小春ちゃんが一人で半分は食べていたが、幸せそうに食べる彼女に誰も何も言うことは出来なかった。

 それと、この騒動で凛ちゃんと同じような事を考えていた。そのように感じ、何だか少し嬉しかった。


「ただいまー」


「おかえりなさい」


 家に帰ると、母が釣り具を整備していた。


「あれ、久しぶりに行くんだね」


「ええ、今日はなめろうを作ろうと思ってるの。晩御飯は楽しみにしてね? あ、そうそう。雄一郎さん、そろそろ宿直のシフトは無くなるって言ってたわよ」


「あ、そうなんだ……今年は少し早いんだね」


「ふふ……その分、去年のうちにいっぱい頑張ってくれたものね」


 朝起きた時にはすでに家におらず、遅い時間に疲れた様子で帰ってくる父の様子を思い出す。


「……うん、そうだね」


「いつ水族館に行くのかは、雄一郎さんが帰ってきた後にしましょうね。じゃ、いってくるわねー」


「はーい、いってらっしゃーい」



―――――――――――――――――――――――――



 日がうっすらと暮れてきた頃。遥の母親は次のポイントを探していた。


「……あら、凛ちゃんじゃない。調子はどう?」


「あ、おばさん……。こんばんは。こっちは、鯵がぽつぽつって感じです」


「あら、そうなの? 私は、少し沈めたらメバルはそれなりに釣れたのに、本命の鯵が全然来てくれなかったのよねー。隣、良いかしら?」


「あ、はい……どうぞ」


 そして、二人は少し距離を置いて、海に向き合う。

 片方は沖に投げたウキを注視し、もう片方は時折リールをゆっくり巻いては止めて、魚を誘う。

 ウキが沈む。小さく震える竿先。急がず、途中でばらさないように慎重に巻き上げ、小さな影が水面から飛び出した。


「あ、おめでとうございます」


「ありがと。やっと鯵が一匹釣れたわね」


 そう言いながら、手慣れた様子でスプーンでアミエビをひとすくいし、かごにつめる。そして、タオルで手を拭いてから再び沖の方へと仕掛けを投げた。


「さて、完全に日が暮れるまでに何匹釣れるかしらね」


「おばさん、鯵が必要でしたら、そちらのメバルと何匹か交換しませんか?」


「あら、いいの? 悪いわねー。そういえば、凛ちゃん。最近、学校で遥の様子はどうなの?」


 その問いかけに、凛は海の方を見て沈黙する。静かな波の音に包まれたかと思うと、少ししてから隣からはリールを巻き取るキリキリという音。そして、遥の母親のバケツに新たな住民が追加された。


「遥ちゃんは……いつも通り、元気ですよ」


「……そう。あの子が変なことを言ったりしたら、遠慮なく教えてね? しっかり叱りつけてあげるんだから」


「いえ……大丈夫です……」


「なら、いいのだけど……」


 やがて完全に日は落ち、遥の母親はバケツを持って立ち上がった。


「ところで……今年もそろそろ水族館に行くのだけど、あなたはどうするの?」


「水族館……ですか……。すみません、少し……考えさせてください」


「そう……わかったわ。なるべく早く、連絡お願いね?」


 そして遥の母親は立ち去り、暗くなった堤防に凛が一人残されていた。


「私は……何をやっているんだろう……。また動けてないじゃん……」


 呟きは波の音にかき消され、手に持つ竿の先が僅かに揺れていた。

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