11話
「あけましておめでとう。先輩がた、今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう。小春ちゃん、それと……凛ちゃんも……今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。……こちらこそ、よろしく」
挨拶の後は空気が固まり、言葉が続かない。
あれからも無情にも時は過ぎ、新年の挨拶でもこの有様だった。
「あけましておめでとう。卒業までの短い間になるが、今年もよろしく頼む」
「あけましておめでとう! 里中先輩も卒業かー……。確か、実家を継ぐんっすよね?」
「ああ。採れた美味いもん、たまに送るから楽しみにしておけよ?」
「あ、里中先輩。私はイチゴをおねがいしますねー」
「だから、うちではイチゴは育ててねぇよ……大豆や野菜と鶏を育ててるって、この前も言ったじゃねえか」
「えー……でも、イチゴは野菜ですよ? だから、おねがいしますね」
「はあ……まあ、考えておくわ」
脱力する里中先輩と、にこにこと笑う小春ちゃん。
……この様子だと、先輩は本当に育て始める事になるかもしれない。吉田くんがイチゴのぬか漬けを作ることだけは、絶対に阻止しなければならなさそうだ。
「お、イチゴなら安かったから、入れておいたぜ!」
……手遅れだったかもしれない。
「……吉田先輩、まさかぬか漬けにはしてませんよね?」
「いや、流石にイチゴをぬか漬けにする奴はいねーだろ」
皆の心が一つになる。
お前が言うな。そんな視線が集まった。
「みんなで食おうと思って、冷蔵庫に入ってるぜ! 一人一パック買っといた!」
「吉田くん……流石に、ちょっと多くない?」
「なんと、五パックで九百円だぜ!」
「……安すぎて、逆に怖いんだけど」
凛ちゃんの呟きに、心の中で同意する。
「バイト先の見切り品だからな」
「あ、ならすぐに食べないとですねー」
小春ちゃんが目を輝かせて、言うやいなやすぐさま動いてイチゴを全てまとめて洗う。そして、容器に入れてテーブルに置いたかと思えば、いち早くイチゴに齧りついている。
「早くしないと、無くなっちゃうかも!」
「落ち着いて食えよ……」
結局、小春ちゃんが一人で半分は食べていたが、幸せそうに食べる彼女に誰も何も言うことは出来なかった。
それと、この騒動で凛ちゃんと同じような事を考えていた。そのように感じ、何だか少し嬉しかった。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
家に帰ると、母が釣り具を整備していた。
「あれ、久しぶりに行くんだね」
「ええ、今日はなめろうを作ろうと思ってるの。晩御飯は楽しみにしてね? あ、そうそう。雄一郎さん、そろそろ宿直のシフトは無くなるって言ってたわよ」
「あ、そうなんだ……今年は少し早いんだね」
「ふふ……その分、去年のうちにいっぱい頑張ってくれたものね」
朝起きた時にはすでに家におらず、遅い時間に疲れた様子で帰ってくる父の様子を思い出す。
「……うん、そうだね」
「いつ水族館に行くのかは、雄一郎さんが帰ってきた後にしましょうね。じゃ、いってくるわねー」
「はーい、いってらっしゃーい」
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日がうっすらと暮れてきた頃。遥の母親は次のポイントを探していた。
「……あら、凛ちゃんじゃない。調子はどう?」
「あ、おばさん……。こんばんは。こっちは、鯵がぽつぽつって感じです」
「あら、そうなの? 私は、少し沈めたらメバルはそれなりに釣れたのに、本命の鯵が全然来てくれなかったのよねー。隣、良いかしら?」
「あ、はい……どうぞ」
そして、二人は少し距離を置いて、海に向き合う。
片方は沖に投げたウキを注視し、もう片方は時折リールをゆっくり巻いては止めて、魚を誘う。
ウキが沈む。小さく震える竿先。急がず、途中でばらさないように慎重に巻き上げ、小さな影が水面から飛び出した。
「あ、おめでとうございます」
「ありがと。やっと鯵が一匹釣れたわね」
そう言いながら、手慣れた様子でスプーンでアミエビをひとすくいし、かごにつめる。そして、タオルで手を拭いてから再び沖の方へと仕掛けを投げた。
「さて、完全に日が暮れるまでに何匹釣れるかしらね」
「おばさん、鯵が必要でしたら、そちらのメバルと何匹か交換しませんか?」
「あら、いいの? 悪いわねー。そういえば、凛ちゃん。最近、学校で遥の様子はどうなの?」
その問いかけに、凛は海の方を見て沈黙する。静かな波の音に包まれたかと思うと、少ししてから隣からはリールを巻き取るキリキリという音。そして、遥の母親のバケツに新たな住民が追加された。
「遥ちゃんは……いつも通り、元気ですよ」
「……そう。あの子が変なことを言ったりしたら、遠慮なく教えてね? しっかり叱りつけてあげるんだから」
「いえ……大丈夫です……」
「なら、いいのだけど……」
やがて完全に日は落ち、遥の母親はバケツを持って立ち上がった。
「ところで……今年もそろそろ水族館に行くのだけど、あなたはどうするの?」
「水族館……ですか……。すみません、少し……考えさせてください」
「そう……わかったわ。なるべく早く、連絡お願いね?」
そして遥の母親は立ち去り、暗くなった堤防に凛が一人残されていた。
「私は……何をやっているんだろう……。また動けてないじゃん……」
呟きは波の音にかき消され、手に持つ竿の先が僅かに揺れていた。




