10話
それから二週間経った頃。吉田くんがインターンから無事に帰ってきた。
そして、それと同時ぐらいに……凛ちゃんもサークルに戻ってきた。まるで、何事も無かったかのように……。
「なあ、俺の柿が大根にかわってるんだけど?」
吉田くんが、野菜室から取り出した糠床をほじくりながら言った。
「あ、水分が出てきてましたから、避難させておきました。吉田先輩のタッパーに入れてますよ」
「おい……。何で柿が丸ごとぬか漬けになってんだ?」
「ほら、糠床を育てるために、柿の皮を入れたりするじゃないっすか。なら、丸ごと入れたら最強じゃね? って」
「あ、糠床が主役だったんだ……。この前のキウイと同じかと思ったよー」
「何で果物を漬けるのをやめないのよ……」
「いいじゃん、アボカドと青パパイヤは美味かったじゃねえか」
「青いバナナとキウイは酷かったけどねー……キウイなんて糠床がべちゃべちゃになっちゃったから、リカバリーしたの私達なんだよ?」
「あのときは、ごぼうが無ければ糠が死んでいたな……。吉田、お前はもう少し何とか出来ないのか?」
「里中先輩。挑戦しなければ、意外な発見は無いんっすよ!」
里中先輩が頭を抱える。
何事にも限度はあると思うが、何も言えない。実際、吉田くんが漬けた卵黄のぬか漬けは実によく出来ていた。
漬けた糠を使い捨てにする必要はあるものの、最近ではみんながよく漬けているものの一つだ。
そして、挑戦といえば……今年の一月。サークルメンバーみんなと行った釣りで、イワシがびっくりするほど釣れた。
もったいなかったので、顧問の先生と相談してから挑戦してみたナンプラー。
これの管理担当は、私……それと、凛ちゃんだ。
ニオイ対策の布団圧縮袋のチャックを開けて、新しいビニール手袋をはめる。そして三リットルのポリバケツの蓋を開け、中身を確認した。
イワシが溶けた濁った汁をかき混ぜて、小さじで掬い取る。それを十倍に薄めてから塩分計で測定した。
「遥ちゃん、塩分濃度は?」
「……2.5%。異常無し」
臭いもかいで、異常が無いかも確認する。魚の臭いが強いが腐ったような悪臭はなく、このまま順調に進めば春には完成するはずだ。
検査が完了し、バケツの蓋を閉めてビニール手袋を廃棄し、袋のチャックを閉じた。
二人で行う一連の検査の中、凛ちゃんと目線が合いそうになると逸らされ、手が触れそうになるとお互いに固まる。そして、検査結果の報告以外に会話は無かった。
片付けながら何かを話そうと考えるが、言葉が詰まる。近くにいるはずなのに、遠くにいるのと何一つ変わりはしなかった。
ふと吉田くん達の方を見てみると、柿のぬか漬けを切って試食していた。小春ちゃんや里中先輩は口をもぐもぐと動かしながら、何とも微妙な顔をしている。
あの表情を見ると、私も挑戦してみる気は起きなかった。
「うーん……これ、案外いけるかもしんないな」
そんな中、何かを思いついたのか吉田くんが動き出す。全員が怪訝そうな顔で吉田くんを見守る。
彼は冷蔵庫から、チーズ用に使った牛乳の残りとレモンを取り出し、片手鍋に牛乳を注いでレモンを少し搾った。
沸騰しないように弱火でじっくりと温めながらヨーグルトを取り出す。
どうやらカッテージチーズか何かを作るつもりらしい。ザルの上にキッチンペーパーを敷き、ボウルの上に乗せる。そして、ゆっくりかき混ぜながら温めた牛乳をザルに注ぎ、粗熱をとった後にヨーグルトを少し乗せて冷蔵庫に放り込んだ。
……乳酸発酵させるのか? それともヨーグルト風味を付けたいだけなのか?
どうするのかと見ていると、明日まで冷蔵庫に入れておくらしい。どうやら前者のようだ。
そして、この日は管理ノートを書くと他にすることがなく、自然と解散となった。
そして、次の日。部室に行くと、吉田くんが楽しげに昨日の続きをし始めていた。
どうやらクラッカーを用意して、その上に昨日のチーズと柿のぬか漬けを乗せて、皿に並べているようだった。
明らかに一人分ではない量を並べている。狐色のクラッカーの上に、白いチーズ。その上にはくすんだオレンジ色の小さな柿のぬか漬けが乗っており、見た目はお洒落な感じではあるのだが……。
ある程度並べ終わると、冷蔵庫へと仕舞っていた。念のために確認を行う。
「ねえ、吉田くん……。そのクラッカーって、もしかして……?」
「おう、せっかくだしみんなで食べようと思ってな! 先に一個食うか?」
「あはは……。私は、みんなが揃ってからでいいよ……」
「ん? そうか」
やんわりと断るが特に気にした様子もなく、自身のタッパーの漬物を食べ始めた。
ポリポリという音だけが部室に響く……。
「……ねえ、吉田くん。失敗するのって怖くないの?」
「なんだよ一体……もちろん、俺だって失敗は怖いぞ? 特にここの受験とかは、落ちないか心配だったしな」
「ふーん……意外だね。結構無茶してるのに」
「そんなに言うほど無茶してるかね? 失敗したら取り返しがつかねぇ事はしてないつもりだぞ」
「でも、シュールストレミングやキウイのぬか漬けの時は大変だったよ?」
「あー……流石にシュールストレミングは悪かったと思ってる。想像以上に臭かったもんな……けど、失敗してもキウイは別に取り返しが付かないものじゃねーし。せっかく色々と試せるんだぜ? やらなきゃ損だろ」
「なら、どんな失敗なら怖いの?」
「そりゃ、誰かの命や生活にかかわるようなもんだろ」
即答だった。
「ま、それ以外のことは、大抵は何とかなるもんだしな」
「そっか……」
私の場合はどうだったのだろうか。私の失敗は何とかなるものなのだろうか? それとも、取り返しが付かないものだったのだろうか。
吉田くんが私の立場だった場合を思い浮かべてみる。すぐに謝り、普通に会話できている姿が簡単に想像できてしまった。
話が終わり、お互いに沈黙する。それからしばらくして講義が終わった人が順番にやってきて、サークルメンバーが五人揃った。
「よっしゃ、全員揃ったな!」
吉田くんが冷蔵庫から皿を取り出し、部室のテーブルに置いた。
「……多くないです?」
「作ったチーズ、全部使ったぜ!」
「……なんで、もうクラッカーに乗せてるの? なんか、しけってそうじゃん」
「暇だったから乗せた!」
「まあ、いつもの事か……。一つ貰うぞ」
里中先輩に続き、凛ちゃんと小春ちゃんが恐る恐るクラッカーを口につける。
「なんだこれは。まあ……悪くはない……のか? 一応、白ワインには合いそうな気がするが……」
「うーん……私はちょっと、ぬか漬けの臭いが……」
「食べれない味ではないんだけど……」
「なんでだよ。結構いけるじゃねぇか」
みんなに続いて、私も一つ摘んで口に運んだ。
口の中にクリーミーなチーズの風味が広がる。そこに来る、甘じょっぱ酸っぱい古漬けの柿の味わい。漬物の酸味がチーズの脂質の旨味に包まれて穏やかになっている。そして、時間がたって少ししけったクラッカーの歯ごたえが……なにこれ?
表面は柔らかくもなく、裏はサクサクすることもなく、どっちつかずで宙ぶらりんだった。
凛ちゃんが言うように、食べれない味ではない。だけど……
「うん……好きな人は好きな味……かもね」
もう少し丁寧に作れば、美味しくなるかもしれない。そんな気はした。そして……
「……中途半端で、嫌になる味ね」
凛ちゃんが、俯きながらそう呟いた。
私はそれに対して言葉を探すが、何も言うことが出来なかった。
キウイとキュウリって、名前似てるよな……よし!
キウイのぬか漬けだって出したら、みんな面白がるだろ!(๑•̀ㅂ•́)و✧




