第二話 気づけば世界が変わっていた
こちらの世界に転生した、とラスティが気づいたのは十歳の誕生日のコトだ。
彼女は公爵という、貴族としては最上位である位階の、さらに長女である。
貴族らしく充分な教育を施されてきていたし、自身もそうあるべきだ、とこの日までは思っていた。
そして、来客と対面してしまった。
誕生パーティーを区切りとし、改めて婚約者へと紹介される予定だったから。
つたなくもカーテシーをする幼い少女の正面で、正装の少年が応じて頭を傾けた。
「アルクスおうじさま、ようこそ、おこしくださいまして……」
「あぁ、本日はおまねき、ありがとう」
二歳年上の彼の風貌は、とても落ち着いて見えた。
そして、とても懐かしく思えた。
黒髪、黒目、背丈は頭ひとつ高く、理知的な微笑みを浮かべて見つめていた。
年齢的には大差なくとも、男女の差異と生まれ育ちが大きく影響しているのだろう。
婚約者となる前、一年に一度は遠くから顔を見ていた王子ではある…… だが、ここまで近く向かい合うのは初めてだった。
「そして、お誕生日おめでとう、ラスティ」
「ありがとうござい、ます……!?」
常日頃から『許嫁』の姿を聞かされていた。
肖像画なども何度も見てきた。
しかし、直接見て気づかされたのだ。
……この姿に、見覚えがあった。
なんならほとんどの人がこの『組み合わせ』の人種ばかりの場所で、彼女は育ったのだから……。
「アルクスさま、あの、あの、わたし……!?」
記憶の奔流に倒れそうになり、咄嗟に王子は彼女を支えた。
周囲から黄色い悲鳴が上がるものの、ラスティはそれどころではなかった。
お姫様扱いされている今と、地球の日本の研究職の不摂生の女が入り交じる。
過去の日本人の自分の名前も解らない、ただ何かしらを学び、分析し、記録を綴っていたという記憶が駆け巡り、魔法、魔術の存在する世界に来てしまったんだという事実に困惑した。
「大丈夫かい、人混みは苦手だったんだね。少し休むといい」
幼さはあるが、第二王子はとても紳士だった。
個室にて休憩しながら、彼女は様々に納得していた。
ここまでの自分の『違和感』に、である。
しっかり食べる方なのに手足は細く、習い事の半分は昼日中の屋外であるのに色白で、気を抜けば猫背だった…… 母親はかなりふくよかで肝っ玉である。
髪の毛の燻んだ銅色は父親似だが、身体的特徴は前世の彼女に良く似ていたから、肉体は先に過去を思い出していたのか、と。
……ただし。
納得しても、ソレは誰に話せるコトでもない。
そしてそこまで深い友情を育んだ友だちは、現在の彼女には居なかったので。
「王子、コレは、夢のおはなしなのですが〜……」
という建前の言葉と共に、心配して付き添ってくれていた第二王子へ語ってしまった。
身分差もあり、習い事つながりの同い年の子たちとはほとんど喋っていない。
そして婚約者となった彼は、口数が少なく、友だちが少ないというウワサを聞いていたから。
自分と同じ扱いをされるのは彼にとって不本意かもとは思うが、日本人の雰囲気もある王子に、ラスティは語らずにはいられなかった。
「……夢の世界では平和な都市があって、そこではみんなが一生懸命に分担し働いて、生活環境を整えていたのですね?」
「そう、そうなんです、そんな世界の、仕事ばっかりしてた女が、もしもこちらの女の子として生まれ変わったら…… 戸惑いで、なぜなのか解らなくて、きっと立ちすくんでしまうと思うんです……!」
過去は『存在感が薄いオタク女子』だったのに、今はお姫様として扱われて…… どうしたら良いのかがまったく解らなくなっていたのである。
そういった記憶が止めどなく、まだまだ増えていた。
このまま成長しても同じ大人になるとは思えないが、それでも、コレはどちらの彼女にとっても『異常事態』だった。
だから何も行動指針が無く、動けなくなっていた。
「わ、わた…… その女の子は、どうしたらいいと、思いますか……?」
そもそもこんな話をできるほど仲の良い相手がいないため、頼れそうな許嫁に思いを吐露するのも仕方なかった。
たとえ、自己主張が少ない口数わずかな年下(として見えてきた)王子であっても。
一通り話すとラスティはいつもの猫背になり、視線が床に向いていく。
元々人と話すのは苦手だ。
「状況の変化は、怖いよね…… でもそこで生きていくのなら、過去は経験として活かし、気持ちを切り替えるしかないかなあ。できるコトが増えた、って喜んでいいと思うよ、僕は」
「王子……!」
「あ、アルクスと呼んで欲しい。いいなずけだから、ね」
こうして、うっすらと事実をバラした彼女は独り行動を好むようになりつつ、王子とのお茶会だけは楽しみに成長していく。
ただラスティは気づくと『独り』になろうとするので、この頃から発現した能力と合わさり陰気な女の子と言われた。
幼年期学校の友だちとも疎遠となり、あるお茶会でやらかし、習い事の先生以外には日常会話も無くなって…… 一年後、王子が大きな事故で傷を負い、会えなくなると。
ついに立派な『引きこもり』になってしまった。
丸々三年間、過去をノートにまとめたり、興味があった自分の能力を研究していたらあっという間に過ぎ去っていた。
あんまりにも見事な引きこもり具合で、十五歳のデビュタントにムリヤリ引き出された時は寝食を忘れた頃でもあり、自分からは会話できなくなっていた。
そしてソコで大事件を起こしてしまった。
☆
そんな臨死体験という回想に浸っていると、馬車は王都に到着していた。
王城へ引き立てられたラスティは、犯罪者の扱いではないものの内心は穏やかでは居られない。
いつの間にかとなりには両親が控えており、両腕を取られて謁見の広間へ連れられていた。
……言い直しておこう。
連行される姿は犯罪者のようであった。
これからどうなるのか、口下手で話下手な彼女は黙って変化を見守るしかできなかった。
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