第三十七話 追及
「何をなさってるんです?」
台所に入るなり、私が大きな声で指摘すると、びくりと大きく身体を跳ねさせる清水医師。
ちょうど水がめに毒を入れようとしてたところだったようで、薬包らしきものを持ったまま固まっていた。
「っ! ……あぁ、びっくりしました。有馬さんの奥様でしたか」
清水医師は振り返りながら、持っていた薬包を何事もなかったかのようにささっと懐にしまう。
そして、何もしていませんでしたとでも訴えるように両手を挙げた。
「こんな時間にここで何をなさってるのかを聞いているのですが」
「あー、すみません。ちょっと喉が渇きまして。不躾とは承知でお水をもらいに」
鋭い口調で追及するも、はぐらかされる。
どうやらシラを切るつもりらしい。
けれど、そうはさせないと私はさらに追及した。
「……では、聞き方を変えます。清水様は水がめに一体何を入れようとしてたのか聞いています」
「そんな怖い顔なさらないでください。いやぁ、見られてしまってましたか。実は、滋養強壮剤を持って参りまして、水に混ぜてみなさまをお元気にさせていただこうかと思いまして」
焦る様子もなく、ニコニコとそれらしいことを言ってこちらの機嫌を取ろうとしてくる清水医師。
きっと私が悪意を感じていなかったら、その言動に絆されていただろう。
(でも、毒だと聞いた以上もう引けない)
ここでうやむやにするわけにはいかなかった。
とにかく何とか清水医師の言質をとらねばと、私の頭はそのことでいっぱいだった。
「わざわざこんな時間にする必要が? なぜ、こんな暗がりで隠れてそのようなことをする必要があるのでしょうか」
言い訳に私がすかさず指摘すれば、黙り込む清水医師。
けれどその顔は、相変わらずニコニコとしながらも気味の悪い笑みを浮かべていた。
「先程手にしていたもの、滋養強壮剤とおっしゃってましたが……本当は毒なのでは? 先程、自ら『毒』だとおっしゃってましたよね?」
「…………」
私が「毒」と発言した瞬間、清水医師が顔を歪める。それと同時に、空気が重くなるのを感じた。
(っ! これは、まずいかも……)
今更状況を考えず、追及し過ぎたと気づいても後の祭り。
今この場にいるのは私と清水医師のみ。
他に証人もいなければ、咎める人も私以外誰もいない。
そうなれば、私さえ口止めできればいいということになってしまう。
(まずい、しくじった。つい気が急いて、状況判断ができていなかった)
諸々見誤ったと私が思わずゆっくりと後退ると、それに比例するようににっこりと微笑んだままジリジリと清水医師が距離を詰めてくる。
緊張から、思わずごくりと生唾を飲み込む。
私は、恐怖で震えそうになる足をどうにか動かしてさらに後退った。
(逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと……っ!)
「何をなさるおつもりです!? 家人を呼びますよ……っ!」
牽制するつもりで声を荒げる。
けれど、清水医師はそんなことお構いなしでニコニコと微笑みながらどんどんと距離を詰めてきた。
「えぇ、どうぞ。…………できるものならなっ!」
「きゃああああ! ……あふっ……ぐっ、う……む!」
私が背を見せ、駆けたと同時に一気に距離を詰められて手で口を塞がれる。
声を発しようとすれども口を塞がれているため声は出ず。どうにかその手から逃れようと身を捩ってもがくも体格も力も差は歴然で、そのままバタバタと意味なく暴れることしかできなかった。
(何か掴めるもの……何か……何かないの……っ!?)
何でもいい。対抗する手段として何か手が届く範囲にあるものをと手探りで探すも、何も触れられない。ジタバタと大きく手を振ってどこかにしがみつこうともするが、強い力で引っ張られてしまう。
「暴れんじゃねぇよ!」
「うぐ……っ! が……は……っ」
やっと口から手が離れたかと思えば、そのまま首を絞められる。
必死にかけられた手を退かせようと爪を立てるも、びくともしなかった。
(く、苦しい……)
もがくとさらに絞まる首。
苦しくて、痛くて、どうにか手を剥がそうと必死に力を入れてもどんどんと苦しくなる一方で。
手がダメなら足でどうにか抵抗しようとするも、体格差のせいで全く効果がなかった。
「最初から目障りだったんだよ! 余計なことばかりしやがって! お前さえいなければ、あのまま金蔓のバカ達から延々と大金をせしめて左団扇で暮らせたってのに……っ!」
「う……ぐ……っ」
「それにしても、あいつらもバカだよなぁ。毒を盛られてるとも知らずに、ありがたがって大金を差し出して、俺が調合した毒を飲んで自ら具合を悪くしてるなんてな」
「っ!? 〜〜〜〜う……がっ!」
清水医師の嘲笑に腑が煮えくり返るも、苦しくて何もできない。意識が遠くなり、抵抗する力もだんだんと弱くなっていっているのが自分でもわかる。
「あっはは! 苦しいか? でも、自業自得だよなぁ。俺様の金蔓を横取りしやがって。いい気味だ」
「か…………は……っ」
「バカな女だ。もっと賢く立ち回っていればこんなことにならずに済んだのにな。ま、死人に口なし。俺様は医者だから適当に死因を改竄しておいてやるから安心しろ。だから、さっさと死ね……っ!」
息ができない。苦しい。
頭に靄がかかって目の前が暗くなり、意識が遠ざかっていく。
(あぁ、私このまま死ぬのか……)
有馬様と過ごした日々が走馬灯のように蘇る。
どれもこれも楽しかった思い出。母に言われた通り諦めずに生きたからこそ得られた家族。
(有馬様ともっと一緒にいたかった……)
自然と涙が頬を伝う。
(有、馬様……)
微かに残っている意識を手放しかけたそのときだった。
「真直!!」
ガツンッと鈍い音がしたかと思えば、絞められていた手が外れ、一気に空気が喉に入ってくる。
「がはっ! ……かはっ、ごほっ、げほっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「真直さん、無事かい!? 真直さん!! 誰か! 誰でもいい、起きてくれ! 早く駐在さんを呼んできてくれ! それからお医者様も!! 真直さん、こっちを見て! 僕を見て、真直さん……っ!」
視点が定まらない。
有馬様が必死に何か呼びかけてくれているのは理解しているのに身体に力が入らず、反応ができない。
意識がだんだんと遠のいていく。
遠くで甲高い悲鳴と私の名を呼ぶ声が聞こえるような気がするが、あれは一体誰の声だろうか。
事態がどうなったのかわからないまま、私は引っ張られるようにゆっくりと意識を手放した。




